棟に建っている待合室は、男女にわかたれていた。ガラス戸をあけると煉炭の悪臭が気持悪く顔へ来た。割合すいていて、毛糸編の羽織みたいなものを着て、くずれた束髪にセルロイドの鬢櫛《びんぐし》をさした酌婦上りらしい女が口をだらりとあけて三白眼をしながら懐手で膝を組んでいる。そのほか四五人である。十二時から一時までは面会を休む。あと十五分ばかりで一時という刻限であった。
ひろ子は売店で十銭の菓子と、のりの佃煮を差入れ、待合所の外の日向に佇んでいた。内庭には松などが植えこんである。面会所は左手の奥にあったが、初めて来た時、ひろ子は勝手がわからずそこが便所かと思って行きかけた。そういう間違いも不思議でないような見かけであった。門扉の外でタイアが砂利を撥《はじ》きとばす音がすると、守衛が特別な鍵で門をあけ、そこから自動車が一台内庭へ入って来た。三四人の男がその車から下りて、敬礼を受けつつ別棟の建物の中に入って行った。はなれたところからその様子を眺めていて、ひろ子は、重吉がここへ来たとき玄関の石段を登るに、拷問ではれた脚の自由がきかないで手をついてあがったと人からきいた話を思い出した。
気になって時計を見たが、まだ五分も経っていない。待つ間はこんなに永いが、いざ顔を見て口を利く時になると、幾言もまだ話したと思えないのに、もういい、と窓をおろされる。期待の永さと、短い間にひどく緊張して気をはりつめるせいで面会はくたびれた。面会窓があいた瞬間に、やあ、と笑顔になりながら大きい両肩をゆっくり揉み出すようにのり出してくる重吉の身ぶりや、いつも落ちかかって来る窓ぶたに語尾を押し截《き》られるように、じゃ元気で、という重吉の声の抑揚は忘られなかった。次に会うまでに一ヵ月の時がたっていても、最後に見た重吉の眼の中や、唇のあたりに浮んでいた細かい表情はそのままの暖かさで、ひろ子の心にのこっているのであった。
ひろ子はハンドバッグをあけて、ひびの入った小さい鏡をのぞきこんだ。そしてハンケチで鏡のごみをふき、ハンケチの別なところを出して堅く丸め、頬っぺたの上をきつくこすった。皮膚のいくらか荒れた頬に少し赤味がさした。
待合所の壁にとりつけられている拡声機に、ようやくスイッチが入って鳴り出した。ガラス戸をあけて覗くと、雑音が混って聞きとり難い呼声を間違いなく聴こうとして、女連は今までよりなお深く襟
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