をたたいたものがあった。
「力関係を考えないで、何でもストをやろうなんて、それこそ小児病だ。今、ここだけでなんてやれるかい!」
「議長!」
再び甲高い声が主張した。
「力関係って云ったって、相対的なもんだぜ、放ったらかして、こっちから押さないでいても有利になって来る力関係なんて、資本主義の社会にあるもんか。現に強制調停までにだって、一ふんばりふんばればやれたんだ。それを、天下り委員会にまかしといて、謂わば、いなされたんじゃないか」
「そうだ!」
「異議ナシ!」
「今度だって、本部がこっそりクビキリ候補の名簿をこさえて、さし上げたんだっていう話さえあるじゃないか」
「チェッ!」
大会の前後に、各車庫から「傾向的」な従業員が六十人以上警察へ引っぱられ、労救員もその中に何人かまじっていた。あらかじめ、そうしてしっかりした分子を引きぬいてしまった経営者側の意企が、こういういざという場合になって見ると、まざまざ分るのであった。ひろ子は益々くちおしく思った。
全線ストか、さもなければ全然ストには立たない、立っても意味ないという敗北的な考えかたを、指令や方針の解釈に当って争議のはじまりっから、東交幹部の大部分が盛に従業員の心にふきこんで来ていた。情勢がこみ入ると、そういうあれか、これかへの考えかたはどこにでも起りがちであった。亀戸託児所が市電の応援をやりすぎて親たちがこわがりはじめた、その時にもやはり、争議応援を全然打切ろうという意見と託児所ぐらい一つ潰したっていいという見解とが対立して、大谷がその席でその両方とも誤っていることを指摘した。
度々の弾圧で東交の職場大衆の中には、このいかがわしいかけ引きの底をわって、自分たちのエネルギーを正しい闘争の道へ引っぱり出すだけの組織者、先頭に立つべき指導者がのこされていない。それが、はたで見ているひろ子にさえ分った。
場内は、立ちこめる煙草のけむりと一緒に益々混乱し、いろんな突拍子もない意見や質問が続出した。
ストは是非やるべしだ。が、今度こそは百パーセント勝つという保証つきでやって貰いたい。
そういうのがあるかと思うと、どういう意味か、わざわざ、
「俺は支部長にききたいんだが」
と、国家社会主義とはどういうものかと質問したものがあった。ひろ子はそれをきいて、はじめその質問者は、窮極には資本家の利益を国家が権力で守ってやる国
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