三四五 高根包子宛 本郷区林町二一より(封書)〕
先日は山からのおたよりありがたく頂きました。お忙しくてもいつも御元気で本当に何よりとおよろこび申しあげます。
わたくしも五ヵ月がかりの問答が一応終り、むずかしい条件も添わず、けりがつきそうでいくらか気が軽くなりました。
巣鴨にチフスが流行して、病舎にいて感染いたし、大心配して居りましたが、これも不正型というので熱が低いまま落付き仕合わせ致しました。
世界の大渦がキリキリと小さな渦巻となって、一つ一つの家庭に波及して参る様はなかなか壮観と申すべきでしょう。
きょうはおかしな小包をお送りいたします。白粉です。南の方に暮して居る人がおみやげに呉れ、パリのブルジョアのもので、いかにも南向きの箱の色どりですし、なかみも会社が会社ですから一向大したものでないにきまって居りますが、それでもまあ気のかわるだけがお慰みと申す次第です。
外側のケースに千代紙なんか貼ってしまって益※[#二の字点、1−2−22]妙ですが、これはいつか妹のいたずらで御免下さい。
粉の白粉は変質したりしないでしょうか、その点も自信ございません。万※[#二の字点、1−2−22]一パサパサでしたら悪いと気がかりですが、あけては僅の興も失われてしまいますし、こうしてみるとまるで押し花をお送り申すようですね。心ゆるせというばかり。
もうすこし涼しくなり疲れも直りましたら又音楽会でおめにかかれるとたのしみに存じます。十月の定期は短い時間でも聴けるだろうと思って居ります。
何卒よろしくおつたえ下さいませ
八日[#地から2字上げ]百合子
高根包子様
一九四七年五月二十七日[#「一九四七年五月二十七日」は太字](消印)〔岡山市内山下四番地 岡山県第一岡山中学校政経部宛 駒込林町より(往復はがき返信)〕
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一、民主的な社会生活の方法を身につける、ということが最も重大な理想であり、現実であると思います。自立的科学的な社会人として、社会のすべての事がらに判断をもち、よい社会を作るために献身する美を知ること。
二、過去の軍国主義的な教育の間違った影響からぬけ切っていないところが少くないことを知って下さい。
[#ここで字下げ終わり]
一九五〇年[#「一九五〇年」は太字](推定)〔渡辺泰輔宛(封筒欠)〕
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