丸いねつゝ夢も見であり
 紙風船をつきもてあれば丸き音に
       一寸法師とび出すかな
 友も来で時の長きをかこつ我は
   枯れはてし草見まもりてあり
 底のなき筒にてたゝみ望めやれば
   人の世は今 新たなるこゝろ

 一月十二日(月曜)晴
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〔摘要〕学校出席 お母様上杉家
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 今の女は男の御機嫌をとるために行きたくもないところへ行ったり、見たくもないものを見たりは必[#「必」に「(ママ)」の注記]してしないもんだと世の中のすべてのものに云ってやりたい。私はそれほど意くじなしじゃあない。きらわれてもどなられても自分の感情をまげて男の云う事をきいて御きげんなんかとってやるもんか。馬鹿にしてる。「怒るんなら怒りなさいよ」私は椅子にのっかって足をふりながら云った。あんまり下らない様で涙がこぼれた。
 私は今の気持を何かにまとめて見る。私一人の気持じゃああるまいと思う。うつむいて自分の影を見ながら枯れた芝生を歩き廻る事はほんとうに気持よく思われた。

 一月十三日(火曜)晴 暖
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〔摘要〕学校欠席、本田道っちゃん 英男国技館行、
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 頭の云いがたいほど重いのと気がむしゃむしゃするのとでわけもなくむずかしい顔をして居た。男鴨の妙にやせて居るのがことさらに目立った。片すみにかがむ死の影を書く例の通り終りの句が気に入らなく力のたりないものになってしまった。
 エジプトの歴史に関した事を戯曲なり何なりにしたら面白かろうと思った。思う事ばっかりがあって手の方が中々動いて呉れない。原稿紙の書きにくいのなんかもいく分かそのかたむきがあるのかもしれない。体が悪いからかもしれない。でもまあ二日三日立てばなおるだろうからこんな事も思って居る。

 一月十四日(水曜)曇天 暖
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〔摘要〕学校欠席
    午後大変嵐になる。
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 そこいら中の山が爆発したり地震があったりするんで私達の心は何となく落ちつかない不安が絶えずおそって居る。
 風が吹いて雨が降って雷さえなるなまあったかいうす暗い部屋の中でこんな日でもそとで働いて居る人達の事を思って居た。
 私がこんな気分が悪いのなんのとこしょうを云いながらぐずぐずして居るのが相すまなく思われた。
「何も考えない事はありませんワ」降る雨の中にこんな事もつぶやくほど私はふるえる様な心をもって居た。
「冬の日を嵐の吹けば事更にらちなき事も思ひしのばれつゝ」

 一月十五日(木曜)晴 暖
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〔摘要〕学校出席、母様御外出
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 青い顔をしてうつむき勝ちに学校に行く。昨日の天気に似っつきもなくしらじらしい青空の様子がすれた男の目の様に云いがたくにくらしく見えた。心のそこにすきがある。悲しさや涙をこぼしたいのをこらえて上《うわ》べで笑って居なければならないのを思えば私はひと里[#「里」に「(ママ)」の注記]でに目をつぶりたくなる。ひやっこい石の上につっぷして――私は或る芝居の舞台面の中に自分を加えて考えるほどセンチメンタルな感情になって居る。たった一人ぼっちはなれた心持で本を抱いて枯れた芝生を下を見て歩くとわけもないじめじめした気持が地のそこから湧き上って来る。

 一月十六日(金曜)晴 稍々《やや》暖
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〔摘要〕学校出席、(当番)
    古橋氏来訪
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 この頃はどうしたんだか感情に変化がありすぎて困る。
 もう忘れてもいい感情がたまって居て新らしい事も何も出来ない。この月はしかたがない。こんな事もフイと思って見るけれ共何となくして居る事が足りない様に思われてしかたがない。
 心のそこのそこからむくむくと湧き上って来るあせる心を私はおししずめて行かなければいけない。この頃少し又頭が悪くなりかかって居る。気の遠くなるほどの強いきれいな刺撃[#「撃」に「(ママ)」の注記]をうけたい気持になって居る。どっかすきがあるらしい――この頃の私の気持である。

 一月十七日(土曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、例の――
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 或る一事によってだんだんかわる人間の気持と云うものは中々微妙に作用するものと見える。今日などはことにそう云う事を思った。
 人間の心理状態なんかはほんとうに不思議なものだ。
 一度の打撃をうけてもっ[#「っ」に「(ママ)」の注記]どりうった気持にもなればいくどもいくどもうちこまれても平気な気持がある。
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