りと私はとてつもなくおどけた連想を起させられた。こすき先生ははっきり言葉のわからない言葉で見て[#「て」に「(ママ)」の注記]は意志の明かでない人の様に思われた。
 一種の暗いかげのある音楽家として久野先生は目立つ方である。

 一月二十六日(月曜)晴 暖
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕国語試験、母上会出席、衿をぬい始む
[#ここで字下げ終わり]
 夜の日に影なき道をたどり行けば人を呼びたき心地こそすれ
 美くしきまどはしよ汝我心のいまいる奥にひそみ居るらん
 まどはしは仮面つけて我心の精をくみて育ち行くなり
 ゆたかげに波うつ海の青さのみ恋しき心山にすみ居て
 くゆらしし香の煙に我心のかこまれて行く紫のくに
 夜の姫は衣のひだに白き足秘めし音なく我うでに来る
 疑よ! なつかしく汝思へどもあまりしかしき我はかなしや
 はれてさへ尚灰色の影をもつ冬の空のみ只かなしかり

 一月二十七日(火曜)晴 暖
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
 私の心はいつでもはればれと澄んで希望に満ちて居る。
 けれ共私はしなければならない事が沢山になって居る。
 そうしてそれをはきはきして居なければ居る事は出来ない。
 この頃は学校が面白い。
 それが何よりもうれしく思われる。
 甘ったるいかるいくすぐる様な悲しみが悪《いた》ずらの様に心の中にわき上って来る。うす暗《やみ》の夕方そうっと誰かの名をよんで見たい様な気もする事もある。

 一月二十八日(水曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
 夏になったらば――夏と云うものに私は大変今日はあこがれが多い。
 夏になったら庭の正面にけしと小さな可愛い花をまきましょう。まどわしのこもって居る様なけしの花を前にしてじっと、ふられた肌の様な夏の香りを嗅ぐ事はどんなにうれしい事だろう。冬の日ざしを見て居ればほんとうに夏がなつかしい。夏――、お前は何と云う力のある輝きのあるひびきをもって居るのかい若い私にふさわしい思いを御前はもって居る、――
 冬の日の縞目つくりててりてあれば影もしまめの我心かな

 一月二十九日(木曜)晴 暖
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〔摘要〕学校出席、古橋氏来訪
[#ここで字下げ終わり]
 ストーブに赤きほのほのチラ/\と燃えつゝあれば誘はるゝ心
 先丸き鉛筆をもてものかけば
   うたうたひたき心地こそすれ
 黄なるきれはぬいてあれば輝ける
   小針もつ指この上なくもよし
 縫ひてあればつね事なれど我指の
   爪小さきも今更の如

 一月三十日(金曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、作文「鏡」
[#ここで字下げ終わり]

 一月三十一日(土曜)晴 寒
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
〔雑録〕
 一月
 一月十二日、クラシックは或る程度まで中々なつかしいはなしにくいものだと思う。
 “「ねつかれない時に見る光りものと耳なりの響は馬鹿にして居ながらひょうげた可愛らしいものだ」
 人間の運命、又時と云う事がワイルドの一代記を見て思わされた悲しかった。奇麗な顔と奇麗な言葉と感じとを思ったワイルドもさみしいとこに死ななければならない運命をもって居た。はなやかであっただけ美くしかっただけそこに大口をあいてパックとやった死がよけいにおそろしい見にくいそうして悲しいものに思われた。どんづまりには何にでも死がある。
 二十日に「海の夫人」と「熊」を見て小さい批評を書く。

 ○私の試みの時が来た。私はつとめてこの間にいろいろな気持やいろいろそのほかの事を研究しなければならない。
 悲しみ、淋しさと云うものの実の意味を賞観するほどの気持にならなければいけない。特殊の事柄は私の心地をどれ位変化させるかわからない。
 私は私自分に感じるほどワイルドに魅せられて居る。あのペルシカショー□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]の様な文は私にどうする事も出来ない魅力をもって居る。

  〔金銭支出簿〕
[#ここから縦2段表組み]
  月日     摘要       金高
  一、四  三越にてリボン  一円八十銭
  一、四  三越にて半衿     五十銭
  一、五  『美術と文学』     一円
  一、五  七面鳥        七十銭
  一、五  『三田文学』     三十銭
  一、五  ノート        十四銭
 一、十二  「反省録」       十銭
 一、十三  指ぬき         一銭
 一、十六  スペンセリアン
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