のぞく事は出来ない。池のあめんぼうの泳ぐのを雨かと驚いた時のほんのちょっぴりの時間は私にとって詩になりそうなものであった。給仕に出た女もかなり私の気に行[#「行」に「(ママ)」の注記]った。三味線の音をあこがれる様な気にさえなって居た。伝説の生んだ現実と云うのは細井さんの家庭から思いついた事だ。美しいものが出来ないとも限らない。
一月九日(金曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、お雪ばばあ[#中條家の女中]が来る。
途中にて古橋さんに会う。
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学校に行くと何故こんなかと思うほど平凡にあんけらかんとして日を送ってしまう。けれ共今日はそれ以外に私の心に大変に感じさせられた事があった、けれ共そんな事はなんでもないと思わなければならない。そんな事におしつぶされるより以上の勇気を熱心をもたなければならない。一日中そいでも私は青いかおをして居た。「錦木」も「千世子」も思っては居てもいまだに手をつけて居ない。来週からでもやらなければならないと思う。やり出せば気を入れてするがするまでを出しぶるのは私の何にでもつく癖だ。「錦木」はもっと短かくまとまって色の濃い優しげなものでなければいけない。何とはなしとりとめのない想が私の頭の中に一ぱいになってかえって苦しいほどだ。
一月十日(土曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席
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十二時が打つと学校から帰れるのが私達にはたまらなくうれしい事だ。何か私の胸の中にうごめいて居るもののある様にこみあげる笑いが私の頬に一人手にさし込んで来る、思って居る事をずんずんはこんで行かなければならない、三学期は短かいから学校のあるうちだけはがまんしようかとも思う。一日中の予定行事のうちに何にも出来やしない。
少しやけになるほどはらが立った。しかたがないさ。まあこんな事を思って眼をつぶりながら私は毎日乾いた事に自分の手のあれるのを知って居るばかりだ。ある事はしなければなるまい。
「木枯の走り廻れば骸骨の仮面の恐れ我をすき見す」
一月十一日(日曜)晴 寒
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〔摘要〕弟達有楽座、御両親様本郷座、古橋氏来訪
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冬枯の黄なる日ざしに男の猫は
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