八月三十日(日曜)
 大瀧に行く。
 夜大瀧の帰途に東京堂による。『子の見たる父トルストイ』、『思い出』、『ざんげ』、『ホーマー物語』を買う。旅行に持って行くつもりだ。
 なろう事なら一日頃には行きたいと思う。

 九月二日(水曜)
 安積へ出かけた。
 道ちゃんがなかなか来なかったんで待ち遠い様なせかせかしたいやな気持になった。
 ドンタクをかしてもらう。
 出水のあとの家がたおれたり畑が水びたりになって居るのを破られた鉄橋の上から見る。恐しい。
 目がうるむ様な気がする。
 夏の三等の旅はうんざりする。

 九月十日(木曜)
 夜東京から華子の病気が大変悪いと云う電報が来た。祖母様は止めるけれど明日の一番で立とう。いそがしく着物をまとめたりカバンをつめたりする。
 軽い不安が絶えず身をおそう。
 死ぬだろうとか何とか云う事は今思われない。
 斯う云う経験のない私はやたらにあわてる。
 気がせかせかして何にも手につかない。

 九月十一日[#「九月十一日」は罫囲み](金曜)雨
 しとしとと秋の小雨のする中に
   逝きし我妹の
      幼き御霊よ
   紅友禅の衣かなしや
    被はれし身の冷かなれば……
     事々に無く遺されし姉の心――。
   失ひし宝もどさんすべもがな
     かへがたき宝失へる哀れなる我心

 九月十三日[#「九月十三日」は罫囲み](日曜)雨
 雨の中を行く。
   青山の杉の根本の
     永《とこ》しへの臥床へ――。

 九月二十三日(水曜)
「悲しめる心」を書きあげる。

 十二月一日(火曜)
 病みてあれば
  又病みてあればらちなくも
    冬の日差しの悲しまれける
 着ぶくれて見にくき姿うつしみて
  わびしき思ひ鏡の面
 今の心語りつたへんとももがなと
    空しき宙に姿絵をかく
 ステンドクラッスの紫よ緋よ、鳶色よ
    病なき国抱けるが如

 十二月二日(水曜)
 せわしい時は日記をつける余裕がない。それは実際のことだ。この頃の様に又病気でもすればひまつぶしに書く気になる。
 関先生に和歌を見てもらおうかとも思って居る。永くつき合って居たい先生だ。
 なるたけそう仕様。
 きっと快くうけ合ってくれるに違いない。



底本:「宮本百合子全集 第二十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年5月
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