ったんだそうだ。
 水枕で先にふとんが濡れたので気にしてフトンフトンと早口に云って居たと云った。

 八月九日(日曜)
 読む事と書く事を禁じられた。
 それを私は少しの辛棒だと思って苦しいながら堪えて居る。
 丈夫になりたいばっかりなんだ。
 達者な時には死ぬ事なんか何でもない様に云って居るけれど、いざとなると驚くほど「生」と云うものが尊く思われる。その大きな力にひきずられて私はがまんして居るのだ。

 八月十日(月曜)
 病気をして物を考える。
 又さとりを開くとか云うのはたいてい少しはひまのある病気――って云うのも可笑しいけれどもほんとうに少しはひまのある病気でなければ出来ない事だと思う。
 私みたいに汗をだくだくながしては寒気がして熱が出る。それをくり返しくり返しして居る様では自分が生きてるか死んでるかさえたしかめられないほどだ。考えるなんて云う事はまるで頭に無い。

 八月十一日(火曜)
 土が白くポカポカ浮いて居る。
 雨が降るといい。
 斯うやって家に病上りで居ると一日毎に目の前に変った景色を見たい。
 草木が死んだ様な色をして居る。
 村々では雨乞をして居るんだろう。
 水の争を田の傍でして居るんだろう。
 東京の中央では水に使方を少し丁寧にするだけで夕方はザアザア湯があびられる。

 八月十二日(水曜)
 気をつけて水をやり虫を取って居るベゴニアの葉を皆鶏が食べて仕舞った。
 鶏はさぞ美味しかったろう。
 人間にもそんな事をするものが居る。

 私のあの大切なペン軸が見つからなくなってしまった。鼻のうすっぺらな髪をデコデコ結ったすれ切った女がたまらなく憎い。

 八月十四日(金曜)
 夜うすき先生が来て「汗も」をつぶしてもらう。
 みっともなくブツブツになった額にアルコールのしみこんだ気持はたまらなくよかったけれどいやに瓦斯の光線で輝くメスや変にトンがったものを見たら体中が一度につめたくなる様だった。
 先の頃始終指なんかをはらしてた頃は左《そう》まででなかったけれど今日は大変こわかった。
 自分に無関係な時それを見て居るといろいろな興味が湧くものだけれども――。

 八月十七日(月曜)
 お敬ちゃんが来る。朝早くから夕方まで居て行く。
 坂本さんへ手紙を書く。
 もう少し考えた手紙を書いてわかって呉れる友達が慾しい様だ。

 八月十八日(火曜)

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