女のいそがしいのも迷惑なのも忘れて又そんな事なんか考えもしないでさわぎ散らして居た。文蔵が帰ると間もなく文科の久米さんが来る、夜は古橋さん、トランプをしたあと新らしい女について又今の文学等について一時半まで話し合った。芸術と云う小さなかこいの中ほか見ないほど真面目と云うよりも、夢中になって久米さんは芸術を愛して居る人だ、相当に考えのある人と言う事は間違いない、今夜は私は大変に考えなければならなかった。文学は純文学として価値のあるものがいいかそれとも多方面から批難のないものがいいのか、大よそは分って居るが考えなければならない。

 一月四日(日曜)晴 暖
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〔摘要〕三越行 松野夫婦来訪
    「青い鳥」を読む、細井氏令嬢の悲報をうける、女鴨の死
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 眼覚めるとすぐ私はめすの鴨の死んだのを知った。一声もなかずに只白い眼を時にあけて遠くに歩く自分の夫を見ながら死んで行った鴨の運命に云いがたい感じを私はうけた。午後三越に行った、緋《ひ》の裾を絹足袋のつま先にさばいて人群をすりぬける事は真に快い物であった。帰ると細井さんのお娘さんがなくなったと云う知らせをうけた、阿母さんが死んで年の順に二人までまだ処女で居る女達の死んだと云う事には伝説のうんだ現実と云う様な事が思われた。松野の夫は消極的な運命のなすがままに自分の一生をまかせて居る様な男だった。「青い鳥」はまだ上編だけれ共口に云われない神秘が心の中に入って行く。

 一月五日(月曜)晴 暖
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〔摘要〕銀座行、『美術と文学』、『三田文学』、七面鳥を買う
    古橋氏来訪、宍倉母親娘
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 道男、本田道ちゃん[#本田道之、父精一郎の従弟]と行く。何となし絶えない私のあこがれのただよって居るこの町を男の様にシュッシュッと歩きながらこの町にふさわしい女にたった一人でも会いたいと思って居た。帰りに電車にのる一寸前、真綿に包んでしまって置きたいほどの女房に会った。うす青のコートにこくつけた白粉顔の頬ははにかんだ様に赤くなって居た。大形の丸髷の赤手がらは口にも云えず思い出してさえ身ぶるいが出るほどだった。赤と黒と並んで二本緒のすがったコロップの下駄をはいて小きざみに内輪にせいて歩いて居た。今でも私の目
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