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って云ってやりたかった。
 売店はこれも又地下室でまるで牢屋みたいな所だ。そこに木のゴチャゴチャなテーブルの前に立って、くらい中でおすしをほおばるやら、パンをぱくつくやら、たばこをすうやら、まっくらな中に煙草のにおいとクチャクチャクチャとお行儀のわるい人のものをかむ音ばっかりがみちて居る、こんなところで有りながら人がうじゃうじゃ居るにはおどろいた。
 私は鉛筆を買いながら斯う思った、「出来ることなら、廊下の長さをもちっと倹約して売店の窓をもちっと大きくしてほしい」と。
 いかにもお役人風なところばかりなのが少しいやだったがとにかく二時間ばかり見てかえる。
 帰りには日がさしたので馬鹿にあつかった。一時間ほどノロクソとして居てから書き出す、大抵出来上った、題は「魔女」と云う。
 夜はつくづく「時」と云う事を考えた。
 私が七十まで生きるとしても五十五年ほかない、その間、二十五六までミッチリ勉強してもほんとに働くのは一寸ほかないんだからと思うとイライラするような過ぎて行く時のかことをおさえてとめて置きたいように思われる。
 ねしなに「火取虫」を書いた。「花月雙紙」の序文を習字のつもりで書いた。今日は何にも変った事がなかった。
 くりかえしてかんがえて見ると、朝おきる、御はんをたべる、算術、習字絵、一寸私のどうらくに手をつけて図書館に行く、かえる、又御はん、又書く、下らないきまりきった事をかんがえてぐちをこぼす、又書く。
 そしてねる、おまけにねてまで下らない夢を見る。
 私はそう思われる。私の一日はかたにはまるにも事をかいてよっぽど下らない下の下のかたにはまってるに違いないと、……
 こいだけ書いて又下らない夢を見に床に入った。

 七月二十四日 曇り
 今日の日記は「カーネーション」と名をつけて、ここよりも八十里ほど北の山国に住んで居る「トシチャン」と云う私より一つ年上のオムスメさんに送った。
「カーネーション」この名は別に深い意味が有るのでもなくただ私の花園に一番沢山咲いて居る花の名をとったばかりだけど、そのポッテリとしたはにかんだような花は可愛いので手紙の中に二輪押して入れた。
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「日が高くなってからノコノコ起きたんですの、随分見っともいい事ですけど、もうとっくに私の宵いっぱりの朝ねぼうは知っていらっしゃるから妙なかくしだてなんかしずにネ――。
それからだれでもする事をして机の前に坐りました。
宿題をしにネ、……私の机の有[#「有」に「(ママ)」の注記]家かなんか毎日違てるんです、なぜってばその日の風向によっていやにあつい部屋とそんなでない室もあるでしょう、そいだもんでもう小さい時からつかってるきたない机の上にものをのっけたまま抱えて中腰になってそこいら中家中にひっこしひっこししてあるいているんですから、今日なんかもいやにむしむししてもうゆだっちゃいそうなんで、かるい着物に細い帯を兵児帯のようにむすんで、三つ組にしてまるでくわいのような頭っつきをして机をかかえてそこいら中あるきまわった末、とうとう北の四角な板の間に坐っちゃったんです。
それから、鉛筆の先の丸いのにかんしゃくをおこしながら数学と英語と国語を見ました、汗がポロポロ出て来るんで私のせんばいとっきょのような広いでかぶつな額をゴシゴシふきながら。
「夢は勇ましいようでいいけれども、こうあつくっちゃネ――」
私は紙の上に行列をつくってる数学にこんなことを云いました。
英語のリーダーのおしまいに、あのだれでもが知ってる Twinkle, twinkle, little star, How I wander what you are?
って云う口調のいい可愛い詩があったもんで首をふって調子をとりながら赤い可愛いかっこうの本をなでながらうたってました。
そいから古い錦絵のうつしかけを又かきました。胡粉《ごふん》をぬりすぎたんで妙なかおになっちゃったんですの、まるで色のくろい人がデゴデゴに白粉をぬったようにネー、一人で笑ってたんですよ、「まるでそれじゃあせっかくのおひいさまも半分はきりょうがわるくなるってネ」一緒にかかえて来たロビンフード物語りと「花月雙紙」をよみました。「花月雙紙」は少しわからないとこが有るんでノートに書きぬいて置きましたけど、母も又おなかがいたみ出したと云ってきのうから居るんでこのあついにツキつけてきくわけにもいかず、自分がうごくのが一寸面倒だったんで、……ほんとにこんなにあつくっちゃあ、坐ったらもううごくのがいやですものネ――。いくら細い人だってそうだろうと思うんですけーど違うんでしょうか。
だれだっけかが云いましたけど、世の中で熱にあって縮まるものは焼物だけだってネ、三分ノ一ぐらいちぢまってしまうんです
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