って。
私もやきもんじゃあないと見えてまるでうじゃじゃけたようにふくれてるんです。それから頬づえをついて前の庭の様子を□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]はじめたんです。
一番目立ってさいて居る紫陽花は日あたりがつよいんでもう色があせ出して白っぽくなってグンニャリして居るところと云ったらまア、ほんとにいやらしい七面鳥のとさか見たいな気がするもんですネー、柿がそりゃあ落ちるんです、秋になって赤い実の数がへると困ると、おしくって糸でむすびつけて置きたいほどですの、柿が好物なもんでネ。まだ若い青桐は細い枝にもうあきが来たように茶色のカサカサな葉を沢山もって二三枚は地面に落ちてまで居るんですもの、気まぐれにも程が有りますものをネー、まるで夏をちゃかして居るように〜〜。
お昼はぬきにしちまいました、紅茶をのんだっきりで……
午後っからは又元のところで又原稿紙四角をうめたり、本をよんだりして夕御はんになってしまいました。
「百合子さんの本虫さん」ってあなたにひやかされたの思い出しながら御風呂をあびてからあなたんところへ、御たよりをかくときめたんです。
夜はとなりの御嬢さんの白い着物と蚊遣の煙りと私の浴衣の大きな模様と長い袖口から一寸出て居る、ムクムクの手がきれいに見えてました。
このお手紙をかいたのは夜の九時、
私の又と来ない一日は斯うして暮してしまいましたんです、」
[#ここで字下げ終わり]
 これだけの日記の先に
 随分暑うござんす事、御変りない事は御たより(先月の)で知ってます。
[#ここから2字下げ]
「私のこのごろを御知らせしようと思って今日の日記を御送します、大抵は毎日こんな工合にして暮してるんですから……」
[#ここで字下げ終わり]
とこう書いておしまいには、
[#ここから2字下げ]
「前の池の葵はもう咲いたでしょう、あの小っぽけな白い花が大すきなんですからいつかおして送って下さいな。ホラ、去年二人でこの花とりに池に行ったらわきの小川に、蝦《えび》がいっぱい居たんでたもとの中にとってかえって行きには蝦につられてあのこわい丸木ばしを渡ったけど、帰には渡れなくなって遠まわりをしてかえる内に袂の海老があつさにあてられてみんな死んでしまって、笑われましたっけネー。又そんな事を思い出すと行きたくなりますけど、こっちに居て少し勉強しようとも思ってるんでまだ中ぶらんりんなんです。
はっきりしたら又お知らせ上ようと思ってますけれども、…………
小さいだるまさんのような弟さんによろしく。貴方よく風邪をひく方だから体を大切になすってネ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]さようなら
[#ここから2字下げ]
 姉さんのような
  妹さんのような御方へ」
[#ここで字下げ終わり]
 って書いた。
 私より年上で居て私より妹のような人だから「姉さんのような妹さんのような御方へ」と書いたんで随分のんき□[#「□」に「(一字不明)」の注記]しぶいかおしたって□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]ないから私が大すきなんである。

 七月二十五日
 フンワリと包まれたような気持で目がさめた。「今日はキットよくいろんな事が出来る」と斯う思われた。一夜の間にあおいの花は散ってしまった。青い苔の生えたしっとりとした黒土の上に見すぼらしい、みじめな形をした花が六つほど一っかたまりになって落ちて居た。フット、壇の浦の波の底に沈んだ若い女をフカブカと思わされるような形をして……コスモスが日かげにありながらも大変大きくなってつっかえをしてやらなくっちゃあならないほどになった。あんな暗いじめじめしたところに居ながら、とあの細い茎や根のすみずみにまで行きわたって居る、生の力の偉《おお》きなのにびっくりした。それと一緒にその一枚の葉でもわけなしでむしると云う事がいかにもみじめに思われてあの細い躰から血がながれそうに想像された。
 八つ手の白い葉裏にあかと黒の先《せん》だって中《じゅう》はやって居た黒地に黄模様のはん袴のようなテントー虫が三つ、ポツン――ポツーンポツーンと言葉に云ったらこんな工合に散って居た。こんな事を御飯すぎて庭に出て見つけた、八つ手のうらのテントームシは何となくそのまんま忘れてはすまないように思われたんで、短いものを一つにまとめて置いた。それから落ついた今までないような余裕のある心地で机に坐った。
 数学と、英語と地理、これだけのしなくちゃあならない事をすましてから Beggar と云うのを読んだ[#「だ」に「(ママ)」の注記]見た。
[#ここから1字下げ]
「丈の長い男と同じほどの又それよりも大きい体で
まるで海賊の女王としても似あわしいほどの女だった」
[#ここで字下げ終わり]
 日本にこんな大きな立派な体の女乞食はまだ私は見た事がな
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