しく知って居て今に近い徳川時代から段々と逆にのぼる事にきめたのでひっぱり出したわけである。
いろんな本からひっぱりぬいちゃあ、書きとりにか□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]か、歴史上の概観だけをすっかり書いてしまう。大体割方は風俗史にならってそれからそれぞれを精しくやって見ようと云う目ろみである。徳川家康が江戸幕府をたてて徳川時代をつくるにほねのおれたように、紙の上に筆とことばでつくりあげるのさえ仲々苦しい事である。
「どうにでもやって見せる」斯う思って仕事にかかったんだからどうしてもやって見たいと思って居る。御ひるっからは、これですっかりつぶれてしまった。夜はソナタと讚美歌のいいのを弾いて見た。
七月二十八日
この頃は割合に沢山考えた、事柄に於ては……けれども、自分で満足するように考えの及ぼした事もなければ又自分で少しは実になりそうだと思ったものなんかは一つもありゃしない。それ丈頭を無駄に用《つか》ったわけだと今になって一寸口惜しいけれども又、相当に考える事も必用だからと自分でなぐさめて居る。こないだ書いた「魔女」の原稿は書き出しから気にくわず見るのもいやになったんで、一寸おしかったけれども焼いてしまった。も一度よく考えて書いて見ようと思った。自分の書いたものを火にもやしたのは生れて始めてだった。生れてはじめての事をするほどその原稿は気に入らなかった。けれどもこの次に書く時にはと思ってるからさほど情なくもない。
学校の事をしようと思って机に向ったけれども例の気まぐれな、出来心で、徳川時代の方を御先にまわしてしまった。参考にと思って国文学史と関根先生の「小説史稿」と雑誌に出て居た江戸文学と江戸史跡をよむ。いるところへはり紙をして別に分けておいた。筆を新らしいのをおろしたら妙にピョンピョンして書けないからかんしゃくをおこして鋏でチョキンとしてしまった。かえって書きよくなった。五枚ほど書いてから墨がかわいてしまったからそれをしおにやめた。それからもう一昔もそれよりも前の「上等記事論説文例」って云うのをよむ。「神功皇后韓ヲ征スル事ヲ論ズ」と云う一寸ばかりの短い論説だか何だか分らないようなのがあって、一番おしまいに道真左遷の事を論ズと云うのがあった。割合に下らないもんだった。それから「約百記」を半分ほどよんだ。□百□[#「□百□」に「(二字不明)」の注記]の信仰の力の強いのにビックリした。
どんな苦しい事に出会ったにしろ世の中を又は人を恨まず自分のする事だけをまじめにして行くと云うのは基督《キリスト》信徒にかぎらず大切な事だと思った。
それからいよいよ本式に化学と国語を見た。国語の柴田鳩翁の「道話一則」をよみ次の次の松下禅尼までよんでみた。「東遊記」(橘南谿)のは今度図書館に行った時によんで見ようと思った、兼好法師のがあったんで「徒然草」がよみたくなってしまった。本箱から引ずり出してよみはじめたけれども分らないとこが沢山あるんでノートに書きぬきながらよんで行く、手間ばかりかかる。
気まかせにこのごろ出た単純生活と前から出て居た原本をひっぱりだこをしてよんで見た。これも赤い条だらけになってしまった。
一寸何をしていいかわからなかったので、百科大辞典を片っぱしから見て行く、私はよく、一寸手のあいた時に、字引や言海を見るのがすきだけれどもこれもくせの一つとしてあげるべき筈のものだ。
机が大変よごれたので水色のラシャ紙をきって用うところだけにしき、硯ばこを妹にふみつぶされたから退紅色のところに紫や黄で七草の出て居る千代がみをほそながくきって図学[#「学」に「(ママ)」の注記]紙をはりつけて下に敷いた。
水色のところにうき出したように見えてきれいだ。
私はこの上で書くものとつり合った、きれいな気持できれいな字で書かなくっちゃあいけないようなきがした、あしたかあさって図書館にやっていただこうと思う。読む本の番号や何んかをうつして来ておかなくっちゃふつごうだと思ったのでいつでも持って行くノートにそれに都合のいいような条をひいて置いた。はじめの方は丁ねいに、あとから面倒になったんですこしきたなくなってしまったけれども誰が見るもんでもないからと思ってまに合わして置く。
夕方は何にもする事がなかったもんでもう忘れかけて居るような古いうたをうたったり、「古今集」からすきなうたを書きぬいたりした。夜、御となりで御琴と三味線合奏をはじめられた、楽器の音はうれしかったけれども三味せんのベコベコとうた声の調子ぱずれには少しなさけなかった。
七月二十九日
やたらに旅に出て見たい日だった、ただどっか歩きまわって見たくって何にも手につかないほど……
私は朝めがさめると一緒に旅に出て見たい事と思った。私は坐ってジッとして居ると目の
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