れた。
「鴨」の原稿を破かれてしまった、小さい妹[#中條華、中條家三女。百合子が長女、次女は千鶴(生後四ヵ月で死亡)]に、……
 こんな事はみんな私の心持をいらいらさせたり、涙をこぼしたりさせたりした。
 気の狂った様に汗をながして躰を働かせてホット息を吐くと一緒に心の中にすきのあるような気持になって居た。
 おひる前は御ひるっからになったらたのしい事があろうかもしれないとこんな事を思って午後になった。だけどうれしい事もたのしい事もなかった。
「鴨」をかきなおして、里親の家から帰った子、とむしゃくしゃな心のまぎれに題もない短いものをみんなで三つ書いた。
 ペンの先にならべられるものの一つ一つの意味もきのうとはまるであべこべのものであった。
 夜は心をおちつけようとローソクをつけてだまってからかみをにらんで居た。けれどその焔のゆらめきに私の心も一緒になってゆれて居た。すきな本をひざの上にのせてそのかどをなでまわして、生きた霊のあるもののような気持で紙とかみのすれ合う声や香りを可愛がって居る内によほど気が落ついた。
 どんなにいらいらしてもどんなになさけなくってもする事だけはしたんだから、……こんなことを□[#「□」に「(一字不明)」の注記]うす明りの空を見ながら思った、きょう一日は神さまに試みられたんだろう、キット
 ねる時にこんな事を思った。

 七月二十三日 曇天 風、
 朝生れてから又夜八時間ほど死ぬまで今日は至って平穏に暮した。十時位まで数学と習字と絵を一寸書いて、ゆうべ話にきいた事をまとめて書いて見ようと思って書き出したけれども思うように行かなかったので図書館行ときめる、白い絽のようなつつっぽの着物に袴、頭は真中を二つにわけって後で二本あんだものをぶたさげな[#「な」に「(ママ)」の注記]に結って下駄をはいて行った、ノートを二サつとインクをもって…………
 今まで日比谷のには度々行ったけれ共上野にははじめてである。
 下足の地下室なのがすこしいやで婦人のエツラン室から二階の本をかりるところまでは馬鹿に遠くて特別室を通りぬけて行くので、私なんかでさえ一寸妙な気持がした。
 黒いジム服をきたお役人様? 即ち出納係りはまだわかい男のくせにいやに威ばって人のかおをいろいろと見て居る。
 御なかん中で
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「私のかおだって眼が二つほかついてませんよ
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