さえて男のような大きな声で笑いつづけた。間もなく、しずかなゆるやかな光線の流れ込む部屋に入って鉛筆をとった。二時間ばかり算術をした。本をよんだ。世間知らずな若い人達の詩と文章とを……、
 これ等の本をよむ間、私は切りこの可愛いガラスのうつわの中から、銀紙につつまれたチョコレートをかみながらよんで居た。
 紙の間にもチョコレートの香の中にもうれしさはとけこんで居た。
 うれしさにあとおしをされて
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「ついばんであげよか小麦さん」
白いひよこは云いました、
小麦の芽生えはおどろいて
細いその葉をふるわせて
やさしい声で云いました、
「もちっとまって下さいな
わたしの身丈のもう少し
大人に近くなるまでは」
菫の香りのとけ込んだ
春の空気はフンワリと
二人のまわりをつつみます

紫紺にかがやくせなもった
つばめが海を越えて来た
小さい可愛い背《せ》の上に
夏の男神を乗せて来た
茎は青白葉は柔く
小麦が大人になりました
「ついばんであげよか 小麦さん
貴方の身丈もちっとのびた」
小麦はさやさや葉をならし
可愛いこえで云いました
「白いひなさんかわゆい御方
私の持ってる青い穂の
みのらないのがわかりましょう、
もちっと待って下さいな」

「ついばんであげよか小麦さん」
小麦はうれしい声出して
「エエどうぞ たくさんあがって下さいな
すっかり大きくなりました」
小麦は体をなよなよと
地にまでねせて云いました、
白いひよっこは親鳥に
これも大きくなりました
[#ここで字下げ終わり]

 こんな下らないもんくを紙にかきつけて声高に勝手なうたの節をつけてうたって居た。
 新しいゴムマリの様の心地で……
 御ひるすぎ、私は出まどの前に坐って、楓のやわらかそうな芽生えを見ながらいろいろたのしい事を――私のこれからあとの……――思って居た。そしてコーヤッてじっとして居ると、どこからか小蜂がとんで来て、私を背にのせて人のまだ行ったことのない国につれて行って呉れはしまいかとなんか思われた。
 それから私はきのうのばん見た夢を母[#中條葭江]にはなそうと思って
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「お母さま、あのネェ、」
[#ここで字下げ終わり]
と前おきして笑いながら「いも虫」の園につれて行かれた恐ろしかった話をしだした、中頃までした時、
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「出たらめの話と知って
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