それが決して嘘ではないと思ったので、こうして今日まで、ただ諦め一つで堪えて来たのも、一つはその耳底について離れない、こえのためでもある。荷物の中にも持っては来たが、その懐剣は、おらくの注意でまた取りかえされた。そういうものを持っていると、魔がさすと云うのである。そして、もう一年も前にどこかへ売られてしまったことだけは、お咲は知らなかった。どんなところにいても不幸から離れられない自分だと、思っているお咲はちょっとも、今の生活からのがれたくはなかった。出戻りとかいう名を冠《き》せられることが、恐ろしかったのである。病気になった始めから、ただその一事をどのくらい気に悩《や》んでいるかを知っている浩は、よけい心配した。けれども若し、自分が云い出したばかりに、そうまでは思っていなかった年寄達に、ほんにそうだなどと思い出されることがあってはいけない、やはり彼は口を噤《つぐ》んでいるほかなかった。
 話はかなり進行した。それにつれて、咲二も体が弱いから、ちょうど早生れなのを幸い、来年の四月頃まで、一緒に田舎で、のんきにさせて置いた方が好かろうということになった。
 子供に別れて、独り帰国することには
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