て、そのまま、巡査は庸之助を許してやったのであった。
 町はますます賑やかに、華やかになって来た。敷石道を、水を流したように輝やかせているいろいろの電燈。明滅するイルミネーション。楽隊。警笛。動きに動いている辻に立って庸之助は、呆然としている。ただ開けているだけの彼の目の前を、幾人もの通行人、電車が通り過ぎた。そして、或る一人の若者が、自分の顔をこするようにして通りかかったとき、庸之助は思わずハッとして反動的に面をそむけた。
「浩だッ!」サアッと瀧のような冷汗が、体中から滲《にじ》み出すのを感じた。彼は恐る恐る頭を回して眼の隅から、今行き過ぎようとする若者の後姿を窺《うかが》った。いかにもよく似ている。そっくりその儘である。けれども浩ではなかった。若し彼なら、これほど近くにいる自分を見ないで通り過ぎることは、絶対にないからである。そう思うと、何ともいえない安心が庸之助の心に湧き上った。そして、今まで気付かなかった秋の夜風が、ひやひやと気味悪く濡れた肌にしみわたった。彼はホッとして、額を拭きに手を上げたとき、そのとき、その瞬間! ようよう落付いた彼の頭に、電光のように閃いたものがある。そ
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