る方法をそういう方向へさがし求めた。小さく燃えるものがあるような眼差しで、彼女は家を出るのであった。
バスを、自分のうちへかえる方角とは逆にのって、ひろ子は、友子のところへよった。たださえ立てつけの悪い古い家が、秋の大嵐ですっかり曲って、玄関の格子戸さえすらりとはあかなくなった。それだからこそこの一家族も熱心に家さがしをしているわけなのだが、門前の大きいアカシアだけが風情のある下でいくら格子をこじっても手におえないので、ひろ子は到頭声をあげた。
「友子さァーん、いるの?」
二階をいそいで降りて来る跫音がして、友子は、
「ほんとに、この家ったら!」
人間の子供でも叱るように真顔で云いながら、何かのこつ[#「こつ」に傍点]でむずかしいその格子を内からあけた。
「こないだなんか、私が出て、あとしめたらもうはいれないんだもの」
そのあたし[#「あたし」に傍点]という言葉に、この家の主人でさえ、という自然と腹の立った力のこめかたがあって、ひろ子は思わず笑い出した。
「どっかのかえり?」
「ふむ」
生活のすべてがわかっている親密な友達にひろ子は、自分の云いかたにこだわらない気安さで、
「又例のヒステリーをおこしてね」
と云った。
「なかなかないでしょう?」
「ないわ。私のは家だけのことでないんだもの。考えてみれば、手に入りっこないものさがしているみたいなところもあるんだから」
「――まアお茶でもいれましょう」
友子の生活にも、或るときは時代の性格としてやはりひろ子と同じ事情があったこともある。
友子は縁側と座敷の境の柱に背をもたせて、薄い可愛い赤ちゃんマントを編んでいる。ひろ子は、くつろいだ座りかたで本箱のある床柱にもたれ、斜向いで二人はあれこれと喋った。話の末、友子も知っているある知人の女のひとの名を云って、ひろ子は、
「私、アパートへ住んでああいう眼付になるのは絶対にいやよ」
口のまわりに痛いような表情をうかべて云った。
「何でも自分の生活の環のそとのものとして離して見ているようで、しかもその底で何かがっついたところのある眼。ああいう眼になるのは本当にいや」
「だって、あのひととあなたとは、生活がまるで違うじゃありませんか、生活の問題だわ」
ひろ子には重吉も居りという、その意味はわかるけれども、ひろ子の印象のなかでは、自分の顔の前にあくドアとその眼とがやはりきりはなせないつながりをもっているように迫るのである。
どうしても、アパート住居をしなければならないというのでもないのに、と二人は声を揃えて笑ったが、やがて友子はしんみりと、
「本当に誰かいいひと見つけたいわねえ、あなたと住むことの出来る。――そうすれば私たちも安心だのに」
改めて、記憶の隅までをさぐり直す表情で、毛糸の玉をころがしつつ黙って編棒を動かしていたが、
「ちょっと!」
坐り直すほど気ごんで、
「乙女さん、どうなのかしら」
「――東京にいるのかしら」
軽々しくよろこぶには嬉しすぎる、そういう気持のあらわれた顔で、ひろ子は却って妙にうたがわしそうにゆっくり云った。
「田舎へかえっていたんでしょう?」
「もうかえってますよ、一つきいて見ようか」
「もし出来たら、いいわねえ」
「とにかくハガキ出してみましょう」
乙女のなくなった良人は、ひろ子たち仲間の画家であった。その人がなくなった前後から乙女は特に友子たちに近づいて暮し、その友情に良人への愛着をもこめて、銀座辺の麻雀クラブのエレベータア係として働いて過す、気の張った、それでいて単調な毎日の張り合いにしていた。
それが乙女のためにもわるくない思いつきというように、
「私はわるくないと思うんだけれど……あのひとも今のところはやめたがってもいたんだし」
と云ったが、
「ああ、でも……どうかな」
友子はすこし声を落して、
「どうもこの頃何かあるような風も見えるんだけれど……」
それも自然と思われて、ひろ子は、
「まともないい人みつけさせてやりたいわね」
と親身な眼を向けた。友子は直接それには答えず、
「とにかくハガキ出してあなたのところへじかに返事に行くように云ってやりましょう」と云った。
二三日して、北国生れの乙女が、特有のゆったりしたおとなしい声で、
「ごめんなさい」
とたずねて来たとき、ひろ子は、用向きよりもその人のなつかしさ、その人と経て来た生活のなつかしさに亢奮をかくせなかった。重吉や生きていた乙女の良人が一緒の活動をしていた頃、二十歳をこしたばかりであった乙女は生活のために場末のカフェーにつとめていて、若い堅気な夫婦がその決心をかためたとき、乙女はひろ子のところへ着物のことで相談に来た。自分で来たというよりも、良人の勉が来させたという方が当っている。夫婦としての生活の感情などについても
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