急に大騒ぎになった。
 何だか彼んだか訳の分らない事を二色の金切声が叫びながら、ドッタンバッタンと云うすさまじさなので、水口で何かして居た女中達は皆足音をしのばせて垣根の隙――生垣だから不要心な位隙だらけになって居る――からのぞくと、これはこれはまあ何と云う事だろう。
 奥さんと、女中が啀《いが》み合いの最中なのであった。
 ヒステリーらしい奥さんはギスバタして痩せて居るし女中の方は苦しそうにまで肥って居る。
 その二人が夢中になってやって居るのだから恐ろしいも恐ろしいが先ず可笑しさが先に立つ。
 何とか怒鳴って奥さんが女中の髪の毛をむしると女中は歯をむいて奥さんの手と云わず顔と云わずバリバリ、バリバリと引っ掻く。
 髪が解けてずった前髪からはモジャモジャな心が喰み出て居るし引きずって居る帯に足を取られては俵の様になって二人ともころがる。
 四五度引っくり返っては起きなおり起きなおりして居る内に二人とも疲れ切ってしまってペタッと座ったまんま今度は、もう車夫の口論みたいな悪体の云い合いが始まった。
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「馬鹿。
 間抜け。
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は通り越して仕舞って聞くにしのびない様な事を云っては時々思い出した様に打ったり引っかいたりして居たが到々奥さんが泣き声で、
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「馬鹿、間抜け、おたんちん。
 さっさと出て行け。
 どんなにあやまったって置いてやるもんか。
 さあ、
 さ、さっさと出て御行きってば。
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と云うと、女中は手放しでオイオイ泣きながら、
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「出て行くともね、
 手、手をつついて居て下さいったって誰が居てやるもんか。
 馬鹿馬鹿しい。
 此処ば、ばかりにおててんとうさまが照るんじゃあるまいし。
 覚えてろ。
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と云うなり奥さんを小突いて何か荷物でもまとめるつもりか向うの方へ行くと、奥さんは奥さんでヒョロヒョロしながら、
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「出て行け出て行け。
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とあとを追って行った。
 あきれはててまばたきもしずに見て居た女中達は、私共にその様子を話してきかせながら、
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「女って浅間しいものでございますねえ。
 奥さまとも云われるお方がまあ何と云う事でございましょうねえ。
 旦那様のお顔に
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