こすなら、当然、こっちへだってよこすべきさ」
「聰太郎さんのところへは電報が来たの?」
「そうだとさ。きのう来たそうだ。――おつまみたいな女でさえ、そういうやりかたする、だからいやさ」
永年のつき合いのおつまが、素子の実意を軽くあしらい、そんなことでもおのずから男の聰太郎と女の素子との間の取扱いに差別をつける。その点を素子は立腹しているのであった。素子には、対人関係で、傷つきやすい性格があり、
「動坂のお母さんみたいに、情熱なんて、私は真平《まっぴら》ごめんだ。こまやかさがなくて、人間、どこにいいところがあるんだ」
毎日の生活の中にも、伸子がこれまでの暮しでは知らなかった、細かい素子の感情があるのであった。
しばらく柱によりかかっていた素子は、やがて隣の部屋へゆき、きれいな、えんじ色にすきとおったパイプにたばこをつけ、それをくゆらしながら自分の机に向った。原稿の綴じたのをよみ直す気配がした。
「ぶこちゃん――いるかい?」
「いてよ」
「この、手紙の終りにいつもついてる、誰それにお辞儀して下さい、って文句ね、直訳だとそうしかいいようがないんだが、何だかしっくりしない」
チェホフは
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