って、……」
 一音ずつ鳴らすピアノのようにのり子は話す。その一つ一つは、一つ一つとしての音色をもって鳴っている。そこから伸子にはっきりわかって来た、のり子の豊田淳への傾倒は、どういう内容で展開しているのだろう。
「わたくし……どうしようと思っていますの、もう、あっちからは引き上げて来てしまおうかとも思って――」
 のり子の調子は、住居をうつすばかりでなく自分の感情も、あっちから引上げて来た方がよかろうかと意味しているようにきこえた。
「わたしにはわからないわ……勉強の方はどうなの? もう論文だけでいいの?」
「ええ、そちらは、まあどうにでもなるようなものですけれど――」
 夏の若い女のほんのり美しい顔色に、重いかげがさしよって来た。のり子のふっくりしたまぶたや顎のところが、上簇《じょうぞく》まえの蚕の肌のような鈍い透明な色になった。伸子にのり子のせつなさが感染した。伸子は、力を入れて棹をつっぱって、二人がのっている話しにくさの小舟を、流れのなかへつき出した。
「ほんとに――論文なんかどうにだってなるもんでしょう……」
 いきなり問題の中心に飛躍して、伸子は、
「具体的に複雑なことにな
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