るらしかった。
 彼の書斎へはあれやこれや、訪問客が殺到するらしかった。ある場合には、そういう訪問者のある人に、相川良之介は春画を集めたものを出してあてがった。訪問者は、それを、さも古今にめずらしい芸術的名画でも鑑賞するようにしかつめらしくいつまでも黙って見ているから、大変扱いよい。そういう意味の文章をよんだことがあった。伸子は顔の赤らむ思いがあった。彼の作品や人柄にひとかたならず興味をひかれるところはありながら、どこかにこわいものを、感じつづけて来た隠密の原因がおのずからわかる気がした。その短い文章をよんだとき、伸子は、それとは時のちがういつだったかに、ある文壇的な社交の圏内にいる若い女性の書いたもののなかに、ちらりと、相川良之介の書斎におけるそういう絵の話があったように思った。
 相川良之介の、作品の技巧的なそつのなさ、機智、警句的な文体、それらは、彼の小説の主題が、すべての人間の心情に直接迫るようなものであってさえも、伸子には、つくられているうまさが気になった。
 伸子の記憶のなかに、きのうのことのように一つの情景が浮んだ。夏の終りのある宵のことであった。そこは、相川良之介の住居
前へ 次へ
全402ページ中261ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング