訳され、「太陽の根蔕」として出版された。その本は、作者がどんな観察者であるかということを知るには役だったが、日本の現実を報告するという点では、日本の読者にも、従ってロシアの読者にはなお更役に立たないものに思えた。ちがった意味でのフジヤマ・サクラにすぎなかった。
 素子は、行ったさきざきで、例のロシアへの国賓出発の噂話をきくらしくて、内輪のとり沙汰までつぎつぎと伸子にもつたえられた。それらの話はどれも、小川豊助の家の二階で感じたと同じ悲哀を伸子に感じさせるばかりであった。
「――やめましょう!」
 伸子は自分の顔の横で手をふって、いった。
「いくらいやなことくりかえしたって、別の人に変るわけじゃなし――行けばいいのよ! 行けば、うそが通用しないことが本人にもわかっていいのよ――」
 椅子の上でむき直って伸子は素子にいった。
「あなたがロシア語だから、なお、もうやめにしましょうよ、ね」
 素子としては正義派めいた感情の面に立って批評しているだけなのだろうが、少くとも伸子には必要以上の執拗さがそこに感じられた。
 二人が住んでいるその郊外の家の界隈は竹やぶが多くて、七月に入ってからは昼間でも
前へ 次へ
全402ページ中243ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング