ちらに見せ、机に向っている素子の横姿が眺められる。その素子が、昨今は忘れて暮しているなまあくびも、素子の一生にとっては因縁をもっていた。素子が、私立大学の露文科に勉強していた頃、その担任教授が、夏休みの間、積極的な学生数人をグループにして伊豆の海岸にある辺鄙《へんぴ》な温泉へ行った。質素な宿屋暮しをして、休暇中の勉強がてら、その教授の翻訳を手つだうという仕組であった。休暇も終りに近づいたとき、教授の発企で、みんなが大島の三原山へピクニックに出かけた。素子も当然その一行に加わって。――
海は荒かった。島へついた一行はいよいよ三原山のぼりにかかったが、一行の中でただ一人の若い女性だった素子は海でもまれたためくたびれて、間もなくついて行けなくなり、登山道のはたにある岩に腰かけて休むことにした。一行は先へゆき、一人の青年が素子とともにのこった。その青年は同じ大学の卒業生ではあったが科がちがった。政治科を出て高文の準備をしていた。偶然、同じ宿にとまりあわせ、夏の休みの勤勉であるがくつろいだ集団生活の中で接触し、三原山のぼりにも参加した。その青年が、岩に腰かけた素子の足もとにのこった。海水浴のと
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