母の|情熱の子《パッショネート・チャイルド》であるという意識の方がさきに映っているのではないだろうか。保は、どういうことになるのだろう。伸子はどうしてもそれが気になった。堂々と、自分の問題はわりきれたことに誇りをとりもどしている多計代の様子は、忘られ二の次にされている保への残酷に似たものとして伸子に感じられた。

        十七

 そのころになって、素子の翻訳の仕事がほとんど完成した。前の年の初夏に着手されたものであったから、一年ぶりで出来あがった。素子としてはじめての大きい仕事であったし、文学史の上でも、ロシアの近代古典作家の生活の鏡として、特にモスクワ芸術座のはじまりごろの文献として、価値も興味もふかい書簡集であった。
 出版|書肆《しょし》はきまっていなかった。けれども、一仕事終った素子ははればれとした顔つきで、赤くすきとおったパイプをくわえながら、厚く綴じこまれた原稿がいくつも重ねてのせられている机のまわりをまわって歩いた。そして、ふっと何か思いつき、頁をめくり、それなり腰をおろして一つ二つ字句を直したり、縁側の方に立って逆に机の上の辞書をひらいたりした。それは、いかに
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