でた女中たちはとっくに引っこんでしまっていた。伸子は、茶室風の玄関の間からゆっくり歩いて、腰かけの方の客間へ入って行った。掃除したまま、すべての窓が開け放されている客間の壁よりに、古風な銀の枝燭台のついたピアノがおかれている。伸子は久しぶりでその蓋をあけ、黄ばんだ鍵盤の上でいくつかの音階を鳴らした。このドイツ製のピアノは中古で、少女だった伸子のために買われたものだった。伸子に教則本を教えた婦人ピアニストはウィーンで自殺した。佃と結婚してこの家を出たときから、伸子は自分の楽器というものを一つももたずに暮していた。小さなウクレーレを持っていたが、それは佃がニューヨークで伸子のために買ったものだというわけから、伸子が離婚したとき、佃の所有品とした。伸子がそれを薬指からぬきとって、用箪笥の抽斗に入れて出て来た結婚指環とともに。
あてのない音階からだんだん伸子が思い出して、前奏曲の断片を弾いていると、食堂側のドアが、がちゃっとあいた。
「やっぱりそうだ」
それは多計代の機嫌のよくない、すこしのどのつかえたような声であった。伸子は、椅子の上でくるりとまわって母を見た。
「やかましかって?」
「
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