た年恰好が似ているのと、背だけが似ていたのだった。眼鏡をかけた顔は、すこし蒼く、静かに見えた。伸子は、あわてた自分に苦笑した。
「失礼いたしました……ちょっと人ちがいして」
縁側へ出て行った。
「どなたかしら……」
「いや、別に名前をいうほどの用で上ったもんでもないんですがね」
白い浴衣の人は、高くしげった夏草の穂を野原にでも立っているようにぬいて、それを指の先でまわしながら、
「あなたの書かれるものを読んでいるもんだから……」
といった。
「…………」
伸子はきくような眼でそのひとを眺めた。
「偶然通りがかって、表札を見たもんだから――」
浴衣のひとの言葉づかいやものごしが、伸子に珍しい印象を与えた。伸子の書くものを読んで、と訪ねて来た人にしては、そのひとは大人すぎて見えた。さっぱりした感じとまじってほんのすこし横柄のようでもあった。年の多さという以上に、そのひとは伸子にたいして、出来上っている自分の世界の感じを示した。伸子は静かで、おとなしく、だが、どこかふみこんだところのある人物を、警戒よりもつよい好奇心で見まもった。
庭へ立ったまま、そのひとは、縁側にいる伸子にきいた。
「あなたは、北條一雄というひとの書いた本をよんだことがありますか」
「それは――文学の本じゃないでしょう?」
伸子は、どこかの広告でその名を見た記憶があった。
「文学じゃない」
浴衣のひとは、苦笑のような笑い顔をした。
「経済と政治ですがね」
「よんだことはありません」
あるとおりに伸子は答えた。
「――そんな本の話きいたことはないですか」
伸子たちの生活の輪には、政治や経済の話をする人はなかった。
「一つよんでみる気はありませんか」
「さあ……」
自分の名もいわずに、いきなりそんな話をしはじめた人を、伸子はまた不思議に感じた。その心持を顔にあらわして立っている伸子に、その浴衣のひとは、また苦笑に似た笑顔を見せた。
「マルクス主義なんていう雑誌は、よまないんですか」
「よんだことないわ」
「文芸理論も出ますよ、篠原蔵人の立派な論文もありますよ」
「そうお」
篠原蔵人という名前で書かれた文学についての論文を、伸子はいつか雑誌でみたことがあった。読んだがわからなかった。引用から引用に続いた文章の組みたてで、伸子にはどこに、そのひとの文章があるのかよくわからなかった。そういう面ばかりつよく感じられて一層伸子の理解が戸惑わされた。
伸子は、そのとおりを浴衣のひとに話した。
「なるほどねえ――そういう風なものかな――しかしわかりますよ」
力を入れて、くりかえした。
「あれが、わからないなんてことはないはずだ」
そして、いくらかむっとしたように、
「それは君がわざとわかろうとしないんだ」
といった。
「どうして?」
伸子は縁側にしゃがんでいて、思いもかけない表情になった。
「どうして、わたしがわざとわかろうとしないなんて、あなたに、わかっていらっしゃるの?」
「…………」
「いま、はじめてお会いしたばかりだのに――」
「いや、いや、そういう意味でいったわけじゃない」
伸子は、本当にそれがどういう人なのか知りたそうにまた、
「――あなたは、どなたなんでしょう」
とつぶやいた。しかし浴衣のひとは黙ったまま、手にもっている雑草の穂を指の間でクルリ、クルリとまわしていたが、やがて、吸いきったタバコでもすてるようにそれを足下にすてて、
「――どうも突然、失敬しました。いつか北條一雄の本はよんで見られるといいと思うな」
そういって、伸子があいさつをする間もなく、柘榴の枝かげに身をかわして、門の外へ出て行ってしまった。その白い浴衣の後姿に黒い兵児帯が伸子の目にのこった。
二十三
不意に柘榴の樹かげからあらわれて、伸子が一人で金魚鉢を見ていた縁側によって来た男は、何者だったのだろう。どういう意味で、北條一雄の本のことや篠原蔵人の書いたものについてばかり話して行ったのだろう。それらの本や論文について、伸子が、わざとわかろうとしないんだ、というようなことを、どうしてその白い浴衣のひとは云うことができたのだろう。
素子が夕方帰って来たとき、伸子は、その不意な来客について話した。
「まるで知らない男かい?」
「知らないわ……」
「近所に住んでいるらしかった?」
「そうとも思えなかったけれど」
素子は、煙草の煙が夕風に流れる方角を追うように庭に目をやっていたが、
「ここが流通なのも考えもんだな?」
と云った。門から玄関までの通路と庭との境に、垣根のないことをいうのであった。
「どうもこの節は、えたいのしれないものが頻々《ひんぴん》とやって来るね」
きょうの不思議な客ばかりでなく、いつか来た三人の、よごれで光った青年たちのような若
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