ず》れゆくものとしての挨拶でなくてなんであろう。
 しかし、それは、絢子のいう意味の接吻とは全くちがう。本質がちがう。絢子にそれは理解されないだろう。
 沈痛に沈黙している伸子を、じりじりした眼で見まもっていた絢子は、どうしても信じるらしくない伸子を屈伏させようとするように、そのことで、自分が男心を惹きつける女性であることを力説するようにいった。
「佐々さん、まだ信じて下さらないんですのね。でも、男のかたのこころというものは、微妙なものですわ」
 そういう事情に通じない伸子を憫笑するようなほほえみを浮べた。
「久地浩さんも、私に接吻なさいました。でも、あのかたなんかはね……」
 世評にもいわれているとおりなのだから、という声の表情だった。
 絢子のいうことが事実であるにしろ、ないにしろ、そういう話しぶりをする絢子のこころは普通でなくなっている。
 伸子は、
「ひととひととのいきさつには、きっと、はたではわからないようなこともあるものなんでしょう」
 自制して、おだやかにいった。
「私にはわからない事実というものもあるんだろうと思います。でもね、遠藤さん、あなたは相川良之介という人を愛していたの?」
「それは愛していましたわ。家庭で、どんなにあの方が孤独だったか知っていたのは、私一人ですもの」
「それなら、そういう話を、あっちこっちもって歩いて、わけもわからないひとに、それを信じろなんていう必要はないと思うわ」
 こんどは、絢子がだまった。
「わたし、あなたが、そういうことをいって歩くのを考えると苦しいわ」
 伸子は、しばらくだまっていて、やがて、
「やめた方がいいわ、おやめなさいよ、ね」
といった。
「少くともわたしは、もうききたくないわ。いい?」
 また、間をおいて、
「世間は冷酷ですからね、あなたの気がどうかしている、というのがおちよ」
 遂に伸子は、とことんのことをいった。絢子は、じっと伸子のいうことをきいていた。そしてそろそろとかえり仕度をはじめた。
「ほんとに、そうですわ」
 顎を掬い出すようにしてまたうなずいた。
「あなたのおっしゃるとおりですわ。いくら記者のひとに話したって、気違い扱いなんですもの」
「そんな人にまでも話したの?」
「ええ」
 どうしてそれがまちがっているのか、という風に平静に、伸子の世間のせまさをあわれむように、絢子は答えた。
 あら
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