誤解がおこるのよ。外国の文学史をみたって、そうだわ。愛人の詮議がよくおこるでしょう。――失礼だけれど、第三者からいえば、あなたのように、自分をその立場に当てはめて考えている女のひとが、ほかに幾人もあるかもしれないのよ」
「それゃ、事情を知らない方は、そうもお思いになりますでしょう、でも――私の場合はちがうんです」
「日本の女のひとは、外国の男が何でもない習慣ですることを、特別の関心と思いちがいして、かわいそうなことになるでしょう。――相川良之介というひとは、最も辛辣なことをいっても女のひとは愛の告白かと思いちがえるかもしれないぐらいのところがあったのよ」
「ええ、それもわかっています。でも私の場合はちがいます」
そして絢子は、その言葉で伸子の顔をぶちでもするように、
「相川良之介さんは、私に接吻したんです」
といった。
「あのおうちの二階からおりようとしていたとき、階子段のところで……」
伸子は、ぞっとした。そして、黙った。ペンをもつ手がふるえ、涎がたれるようになったと自分について書いている相川良之介を思った。二階へ急にかけ上って来た夫人が、となりの部屋の畳につっぷして、お父さんが死んでおしまいになったのじゃないかと思って、と弾む息をころしていた情景を思いおこした。その家の二階を下りるとき――……
「そういうことがあっても、あの女人というのは、私でないとおっしゃいますの?」
二人が腰かけている小部屋の出窓の前の樫の梢でミーンミンミン、ミーンミンミンと単調にやかましく蝉が鳴きたて、生垣ごしの隣家の草むらに大輪の向日葵《ひまわり》が黄色く咲いている。草木の上には夏の日光が燃えきらめいている。そのやきつく風景を目に見ながら伸子は、寒いような心持だった。もし万一、絢子のいうようなことがあったとすれば、それは、酸鼻だと思った。相川良之介は、刃のこぼれた細身の劒を杖にして、その日その日をよろばい生きている自分の哀れさを、恋愛に飢え、金銭にかつえ、名声にかわいて汗くさくなっている絢子の上にも感じたのかもしれなかった。人生を彷徨《ほうこう》する餓鬼が、また一人そこに女の姿をしていることを病的な神経に感じとったのかもしれなかった。鼻の頭にされようと、唇の上にされようと、そのこころに立ってされた接吻でなくてほかのなんであったろう。それは幽鬼の接吻でなくてなんであろう。ともに頽《く
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