、わき目をふらない気持を感じさせた。それは、伸子に好感をもたせるものであった。だのに、もし、伸子が何かの機会にその感想を彼につたえたとすると、相川良之介は、少くともそれにたいする返事としては、また伸子にとって真偽のわからないような逆説をはくであろう。普通のことばで物がいえないひと。そのために、軽蔑する自分のエピゴーネンからつきまとわれずにいられなかった人。偶像と教師になる愚劣さをしんから軽蔑して、いくつかの小説にそのこころもちをかいていながらも。――
伸子は自分の机のところへ、その朝の新聞をもって行って、ひとりで見ていた。新聞の写真の上に目をおとし、自分とほとんど同じ頃文学者として出発し、声名を博し、僅かの年長で生涯を断って逝ったひとのことを思いつめると、伸子は、また、刃の鈍い桑切庖丁のようなもので隈なくからだを刻まれるような苦しみを感じた。機智をつくし、知的な精緻をこらして自分の生活と文学とをもって来た相川良之介が、「ある旧友への手紙」で、こんなに淳朴に、若々しく、流露する心情を語っていることに、伸子は涙を抑えようとしても抑えかねた。「ある旧友への手紙」でだけはこう書くしかなかった相川良之介の人間としての一生にたいして恐怖と感動があった。どの写真も、相川良之介といえばその知的な風※[#「耒−人」、第3水準1−14−6]を標榜して、額におちかかっている髪や、敏感な口もとや、じっとこらされた眼に焦点をむけているのであるが、相川良之介の、やや上眼にこらされている瞳のうちには、知的で硬い自足したような辛辣さはちっともなかった。それは温和とはちがった柔軟さ、聰明というものの本質的なしなやかさでかがやいていた。憎らしく押しづよいものはどこにもなかった。写真のその眼を見て、中学生でも最後の思いには書くであろうような「僕は誰よりも見、愛し、且つ理解した。それだけ苦しみを感じたうちにも僕には満足である」という文章をくりかえして読んだとき、伸子は、相川良之介に代表された人の心というもののいじらしさにふるえるようになった。そして、丸めて口に当てたハンカチーフから声をもらして泣いた。
二十
大きな音をきいたあと、耳のなかが変にカーンとして、自分の声もひとの声もよく聴えないようになる。相川良之介の自殺を新聞で知ったあと、伸子は心理的にそういう状態に陥った。朝おきてか
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