? カギ半の裏に……」
ふるい東海道に面し、海を見はらす小高いとこにあるカギ半は前崎の雑貨店で、炭や味噌醤油もあきなっていた。
「覚えているわ――みかん畑のそばの」
「あすこに火事があったよ」
「まあ珍しい……海の水かけて消した?」
「村の手押しポンプが出たりしてね、びっくりした」
多計代は、櫛のしまつをして抽斗をしめると、束髪のまんなかにいつもさしている鼈甲《べっこう》にガーネットのついた飾りピンをとり、もんだ紙でそれをこまかに拭いた。ひるすぎの明るい小座敷の光線で、ピンにちりばめられたガーネットは深いしぶい紅にかがやいて見事だった。伸子は、そうやって静かに髪を結ったり、ピンの手入れをしたりしている多計代の様子から、多計代の感情が一つの峠を越して、前崎から帰って来ていることを直感した。伸子へのものいいも、温和になっている。そういえば、陽炎《かげろう》と一緒に野火がチロチロ燃え走っているように感情の揺らぎのあらわだった多計代の亢奮した表情は、沈静され、滑らかな頬のあたりはいくらか蒼ざめて見える。伸子はピンの上に落ちている母の視線と、下目に伏せられているまつ毛のかさなりを横から眺めた。
「――あの話、どうなすった?」
前ぶれなくふっと一枚の木の葉が落ちかかって来たように、伸子がきいた。
「わたし、やっぱり気になるわ」
多計代は、拭き終ったピンを右手にとり、左ひじを高くあげて髷をおさえながら、束髪の真中に飾りピンをさした。鏡に向って坐っている胸をはって、しっかり、ゆっくりそのピンをさし終ると、伸子の方は見ず、あらためて鏡の中に髪の結いぶりをしらべるような目をやりながら、
「――男なんて……」
毛すじをとりあげて、前髪の毛なみを直しながら上目で鏡を見据えつつ、
「どうしてああ卑劣なんだろう!」
伸子は黙って、息をひそめるこころもちでじっとそういう母のそぶりを見つめた。
「あんなことをいっておきながら、いざとなると、逃げだして……」
あんなことということが、どういう越智の話だったのか、伸子はきいていなかった。しかし、推測された。そのとき越智がいったことは、少くとも多計代にとって、越智と結婚するしかないと思わせた、そのような内容だったのだ。
「前崎から、かえっていらしたことがあったの?」
越智との間に、いつそういう決裂がもたらされたのだろう。
「いいえ、帰っち
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