で伸子は、いくらかの小銭をもってまた出て来た。
「失礼ですが電車賃をさしあげます。きっちりよ」
 郊外電車往復三人分、市電往復三人分。それだけの金をわたした。ステッキの青年は、黙ってそれをうけとった。そして、
「おい、帰ろう」
 仲間を促して二人をさきに玄関から出し、最後に自分が出て、入口の格子をうしろ手にしめた。
 その青年が、仲間をさきに出したことや、荒っぽくなく、尋常に格子をしめて行ったことなどが、伸子の心につよい印象をのこした。自分と大して年もちがわない三人の彼ら。彼らの雰囲気はあらがねのように、いいもわるいもごたごただ。はっきりわからないところだらけなのは彼らばかりのことだろうか。わからないといえば伸子もよくわからなかった。三人の青年のいわゆるアナーキストぶりはどうも納得出来ない。それなら彼らはどうしたらよいのだろう。真面目に働きなさい、というだけが今日の社会から生み出された彼らのような心理にたいする人間らしい解答の全部だとは、伸子に直感されないのであった。
 伸子は、けさ佐々へかけた電話のことや、前崎の家をはさんで多計代と自分との間にある感情のへだたりなどについて思いあわせた。社会にある貧富の差についても、伸子は多計代のようにそれを当然なことと思えなかった。それかといって、今帰って行ったアナーキストといわれる人たちのように、ただ一つのものでも、あるところから無いところへ移し、掠奪したところで、すぐそのあとから無限に貧富の差を生み出してゆく今の社会の仕組みそのものがよくなろうとは思えない。伸子は、どっちにも荷担出来ない自分の心を感じた。どっちにも荷担できない心は、これらの二つの態度よりも何かもうすこし、しゃんとして、見とおしのある方法があるのではなかろうかと思う心持に通じた。こういう心もちの自分のようなもののところへまでリャクが来たということは、伸子に、つじつまのあわない、漠然とした苦しさと馬鹿らしさを感じさせるのであった。
 伸子は、これまで自分について常にいわれて来ている一つの悪口を思い出した。それは伸子が食うに困ったことがなく、貧乏の味を知らないということであった。あの三人の青年たちも、よりよりそんな噂をして、一つ行ってやれ、という風にして来たのだったかもしれない。
 日ごろ伸子は、自分につきもののようなそういう悪口に余り拘泥しなかった。食うに困らず
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