は何だかよくわからないわ」
紫メリンスの前かけをかけた膝を揃えて、式台から畳じきへ上る敷居に腰かけた。
「どうして、あなたたち、いきなりよそへ来てそういう要求をするの?……」
「そんなこと、はっきりしていると思うんだ。いまの社会は、俺たちが生きられるように出来てやしないじゃないか」
それはそうであるけれども、それなら伸子自身どういう世の中に生きて来ているのだろう。伸子は作家として暮している。女一人を生かす義務や責任をちっとも感じていない世の中を貫いて、伸子はその働きで、自分を生かして来ているのではないだろうか。
「今の日本の社会がそうだから、青年は、こうしか生きる道がないという主張をもっていらっしゃるわけなの?」
「そうなんだ」
「――わたしには、やっぱりわかるようでわからない」
伸子は、真面目に考えこんで、じっと三人の垢だらけの若い顔々を見守った。
「私たちの一生って長いでしょう。社会の不公平だって長くつづくんだと思うわ、どうせ。そうだとすれば、その日その日、そうやって人のところからお金をとって来て暮していたって……結局、どっちの問題も解決しないじゃないのかしら。――」
ステッキをついている青年は黙って伸子をにらんだ。すると、ズボンとはちぐはぐな上衣をシャツの上から着ている一人が、
「面倒くせえなア」
と、乱暴に髪ののびた頭を掻いてからだをゆすぶった。
「わかっているんなら、つべこべいわずに出したらいいじゃないか」
伸子は、さっと顔に血の色をのぼせた。
「あなたがた、自分たちをゆすり[#「ゆすり」に傍点]同然に扱っていいの? 乞食が来たと思えば、黙ってお金だけやるわよ。あなたがたは、それとは、違うでしょう。少くとも主義[#「主義」に傍点]というものがある以上、それについて、まともに話すということは、敬意なのよ。ゆするなら帰って下さい、ゆすられたりおどかされたりして出さなけれゃならないような金は、一銭だってわたしのところにはないんだから……」
ステッキを持っているのが、
「まアそう怒り給うな」
と、すこし笑うような口元になった。しばらくどっちからも口をきかず、互いを眺めあった。しみじみと眺めているうちに、このぼうぼう頭をしながらルバーシカを着るような趣味をもっている若い人々が、本当に何か一貫した主義をもってこうして生きているのだと伸子にはだんだん思えない
前へ
次へ
全201ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング