ちつかなそうにしていたあげく、きっと何とか彼とか口実をみつけて友人たちのいるその部屋から出て行ったものだ。そういうことを、冗談まじりに、泰造の古い友人から伸子もきいていた。
父と母とは、その後、しだいに変化し膨脹した経済条件につれて、いろいろな変りをその生活につけて来た。けれども、伸子が娘として父母のために、それを護りたく思う夫婦の醇朴さは失われきったといえないと思えるのであった。
「このことはね、お母様。お母様にとって、思っていらっしゃるよりも大変な危機なのかもしれないわ」
伸子は、信頼のこもった、つっこんだいいかたをした。
「わたしには、賛成していいという根拠がわからないのよ、わかるでしょう? わたしは、越智という人を信用していないんだもの。――だから、どうぞお母様もよく考えてよ、ね。本当にお願いだわ」
とられたままでいる多計代の手を、伸子ははげますようになでた。
「ね、お母様が、そう考えるようにおなりになったわけは、いくらかわかるわ。でもね……それゃお母様は、いざとなれば貧乏は平気だと思っていらっしゃるし、世間的な名誉なんか放り出せると思っていらっしゃるでしょう。それが、より価値のある生活だっていう自信さえあれば――そうでしょう」
「そう思わなくちゃ、こんなことは問題にならない」
「でもね、それは非常に複雑だと思うわ。だって、お母様は一ぺんだって、貧乏人の娘だったことはないんだし、妻として社会的な自尊心をきずつけられるような目にあったことはないんですもの。金もちでないというのと、貧乏人として扱われて来たというのとはちがうでしょう?」
伸子は話をすすめてゆくうちに、多計代がどんなに自尊心の烈しい性質であるかという実際の例を次々に思い出した。
「お母様の自尊心は佐々泰造夫人という土台で、それでもっているのよ。その土台がなくなってそして、本当に女としてのむきだしな自尊心が傷つけられるようなことになったら、どうなるのかしら……」
伸子はおそろしくなった。子供のときからみなれている母の大きい無邪気な肉体と、縁なし眼鏡をつめたくその顔の上に光らせている越智とを思い合わせると、結婚という言葉から伸子がそこに感じるのは、意味もわからないほどの不自然さ、凌辱めいた不自然感ばかりであった。
「いそいできめちゃ駄目だわ、そうでしょう?」
「私もそれはそう思っている」
「お
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