の玉をころがしながら編んでいる伸子の姿をよろこんだ。家庭生活《ホーム・ライフ》らしい。そして家庭的《ホーム・ライク》なときの伸子は美しい、とほめた。ほめことばは、編みものの上に伸子の涙をおとさせた。
 伸子は、素子に、その話をした。
「だからね。わたしの場合一人一人の道具立てのちがいだけが問題じゃないのに……いくら違ったように見えても、男のひとたちの考えかたのなかには、どっか同じようなところがあるわ。そこがわたしには問題だのに」
「それゃわかってる。――ぶこちゃんとしては、ほんとにそうなのさ。それに関係なく私は不愉快だよ。私が女だもんだから、こんなにして暮している心持の真実を無視する権利が、男の自分にあるようにうぬぼれてやがる、そこがいやなんだ」
「対等に考える必要なんかないのに」
「私は、ぶこちゃんに都合のいい範囲で仕事をたすけてやって、都合のいい範囲で利用されて、おまけに虚栄心まで満足させるような、そんな便利な愛情なんか持てないんだ」
 竹村は、そんなことがあってから伸子たちの家へ遊びに来なくなった。伸子は、竹村が来ることに特別な心持をもっていたわけではなかったが、素子の感情から彼が来なくなったとなると、来なくなったという面から竹村への意識がしばらくの間めざまされた。
 伸子が素子と暮して小説をかき出したように、素子は、自分にもいい生活のはじまった記念のためにと、大部な翻訳に着手していた。傷つけられることに対して余り鋭敏な素子の感情が、そういうきっかけから、のびのびと確信をもつように、と伸子はねがった。二人の生活のうちに二人の女がそれぞれの発展を示して、豊富に充実して生きてゆけたら、素子が自分の感情傾向が特殊だという自意識から、わざとその面を固執したり、誇張している、そんないつも抵抗しているような神経のくばりがどこに必要だろう。伸子の感じからあからさまにいえば、それらはケチくささであった。伸子にはそのけちくささを自分たちの生活に含むことをきらう、つよい感覚があった。それは虚栄心というものだろうか。伸子を体裁屋と、いいきれることなのだろうか。――
 伸子を折にふれて真剣に考えこませる問題があった。それは自分たちの今の生活が、はたして、本当に新しい意味をもった暮しぶりであるのだろうか、という疑いであった。小説を書くということについても。たしかに伸子はいくらか小説を書
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