ったからと云うばかりではなく、モーパッサンなんか、あんな大芸術家でさえ、先ず第一おかあさんに見せ、主人公を生そうか、殺そうかと云うこと迄相談したと云う美談がある位だものね。そうしようじゃあないかい?」
自分は、母の心情を思いやる。けれども、即座に返事はしかねた。又、そこに困ることが起りはしないだろうか。
自分は、彼女が、私との関係を、美談[#「美談」に傍点]的なものにしたく思う心持を、有難く又辛く感じた。
「出来る丈のことはするわ、ね」
これが私の、嘘らない心からの返事であった。
やがて、母も西洋間に行かれる。自分は暫く食堂に行き、後、入って行くと、Aは、背後から光線を受ける場所に坐り、グランド・ファザー・チェーアにかけた父上と並ぶようになって、泣き乍ら、何か云って居る。見ると、父上の手にも手巾がある。――母は、緑色のドンスを張ったルイ風の椅子に腰をかけ、輝やいた眼を彼方に逸せ、しきりに、白い足袋の爪先をピクピク、ピクピクと神経的に動かして居られる。
自分は黙って、窓際の長卓子の彼方に坐り、正面から三人を見る位置になった。
対等で、真面目に話し合わず、母は気位を以て亢奮し、
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