い。其を、来るなと云われ、然も百合ちゃん丈は、自由に出入りされるのかと思うと、どうしたって、僕は淋しく思わずに居られないじゃあないか」
 善悪を抜き、自分にはAの心持が気の毒に思われた。同時に又、其だけの心持、其だけの真実を、何故、母に、まともから話されないのだろう、と思わずには居られない。母は、所謂理性的で、理論から行かなければ合点をしない人のようでもあるが、決して、感動の出来ない人ではない。動かし得る、否、動き易い熱情を持って居るとさえ云えるだろう。彼が、真剣に、熱を以て、自分の真心を現しさえすれば、きっと、より広く彼自身を理解させることが出来るに、違いないのである。
 性格と性格の組合わせで、母のような人には、相手からフランクに出なければ永劫うまく行かない。処が、Aは、自分に観察的であるなと直覚した者に対しても、猶、朗らかで、構わず自分を表わす丈の、大きさはない。誘い出される好意がなければ出て来ない。一方、母は、客観的に、冷静に、如何う働くか、彼の心の様を観ようと云うのであるから、其間に、どうしても一種、渡り切れない氷河がある。
 私は、母に対して、何より先に、まず愛そう、と云う
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