たまらない。どうでもよい。早くやめたい、とさえ思ってしまう。
 今も、森とした夜の畳の上に、彼が、一日中疲れた丸い脚をすとんと延し、斜に手をついて
「困ったことじゃあないか、え?――まあ、今夜はおそくもなったから、帰るといい。よく考えなくちゃならんことだ。」
と云われると、自分は言葉に従うほかない。
 母は、Aが、「それでも」と彼女の言葉を押して、理解され愛されることを懇願せず、
「それならば仕方がありません。私は、謹んで引下って居ります。私もよく考えますから、どうぞ、おかあさまも、よくお考えになって下さい」
と云って、立ってしまった為、一層、傷けられて感じ、絶望したように見える。
 自分は、
「それじゃあ、左様なら。おやすみなさいまし」
と云って、下へ降りた。
 此で、少くとも当分、又此処へは来られないなどとは、自分に嘘にも真個にされなかった。而も、それが事実なのだ。
 帰る道々、自分は、余り、意外な大きな事が突然起ったので、あの、青桐の黒い梢の見える明るい二階の縁側も、激しく声をあげて泣いた自分も、皆、夢の中のことのような心持がした。事に関しては、麻痺してぼんやり平気になったように
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