でもそうなのだろう。
 それを今まで、今夜ほど明らかに感知しなかったと云ってよい。自分の生活では、無心、女らしい可愛い浅はかさ、などと云うものが、決してあるがままでは存在し得ない有様なのだ。
 僅か一時間足らずの話の間に、其等、自分にとっては、意義ある多くのことに思い当り、静かな、然し底に淋しさを持った心持で、オートバイで帰って来た。十二時少し過て居ただろう。
 Aは床には入り、眼を覚して居る。
 自分は、出来る丈平静に、又、八畳の方に眠って居る老人の熟睡をも妨げないようにして、林町で話して来たこと、自分の考え等を述べた。
 Aにしろ、もっとよい状態にありたいと云う心は強い。彼はしきりに、今、急にそんなことをしても、真実の理解がなければ、又同じようなことを繰返すのではないかと云うことを危うんで居る。
 けれども、遂に、それでは明日、二人で午後から行って、おかあさまにも会い、よく話して見ようと云うことに定った。
 彼が内心、どれ丈の深さで、此事を承知したのか、自分にはよく解らず
「その方が百合ちゃんも幸福になり、おかあさまもいいと仰云るなら、そうしましょう、ね、それが一番いい」
と云う言葉で、寧ろ、無反省な、不快に近い感を受けた。
 明る日、晴れた日曜であった。自分等二人は、陰気な気分を紛らし得ず――Aが、心から歓んで和解を迎えたのではなく、如何にも已を得ず義務と云う感で承知したので――、肴町までの長い電車の間、私は殆ど一言も口を利かなかった。彼は思想に出た「犬」と云う面白い小説を書[#「書」に「ママ」の注記]み、自分は明星の色彩音楽について読んで居る。勿論、些も、楽しい読書ではない。本でも読まなければ、顔を見るのもいやな気分になって居たのである。
 父は、特に願って家に居て戴いた。入って行くと、西洋間へ、と云うのでAを其処に通し、自分は食堂に行く。
 母は、私の不快そうな顔を認め
「何も、お前が御不承知なら、来て貰うには及ばないのだよ」
と云われる。自分は、折角の気分を壊すことをおそれ
「疲れて居るのよ」
と、打ち消した。
「――それ丈ならいいがね。――」
 自分は、注意深い眼を、眉や口に感じた。
「ね、百合ちゃん、斯うしようじゃあないか。此から、何か百合ちゃんの書くもので、私のことが出るのは、一度前以て見せて貰うように。その方がいいと思うよ。何も、斯う云うことがあ
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