△で降ります。――いつ頃御結婚になりまして?」
 こまごましたものを化粧箱にしまっていた自分は、我知らず意外な感に打れた。
 彼女は、鏡の方に向いたまま、肩のフックを押え至極平静な声で質問をかけているのである。
 いつの間に、自分達を観察したのだろう!
 おどろきながらも、私は暖い心でありのままを告げた。
「そうお。私もね来月には結婚いたします。今度も実はフィアンセのところへ参りますの。幾度も幾度もニュー・オルレアンスと△△△との間を往復して、もう好い加減|草臥《くたび》れてしまいました。――でも――今度でもうお仕舞いだから。……」
 云いながら、彼女は一寸鏡の中を覗きこんで、手早く前髪の形をなおした。そして、振返るなり、突然、何を思ったか力をこめた声で、
“Isn't that splendid !”
と云って私の顔をじっと眺めた。
“I wish your happiness.”
 私は、懇ろに彼女の肩を叩いた。

 紐育からニュー・オルレアンスまで、同車の旅客の中には、これぞといって特色のある人も見えなかった。数の少ないこと、珍らしいこと等で、却って我々が折々人の注意を牽く位のものであった。
 けれども、今朝になって周囲を見まわすと、道伴れはよほど変化している。何等かの意味で注目を牽く人が、一つ車室に必ず一人か二人はいるらしく見受けられるのである。
 先ず先刻の、鼠色の絹服の婦人を始めとして、我々の背後には、眼を醒すなり、賑やかな年寄りの夫婦に娘づれの一組がいる。
 丸々と肥って同じように赧ら顔の夫婦は、一見、小金を溜めた八百屋《グロサリー》の店主という位に受取れる。感謝祭の前後を、カリフォルニアの親類ででも過そうというのであろう。近所の座席から気軽に人を誘って来ては、小児のように骨牌に熱中しているのである。
 けれども、髪を巻パンのように結ったお婆さんは、いくら骨牌に興が乗っても、決して経済のことは忘れない。十分位停車するステーションに来ると、持札を投げすてて外の売店に駈けて行く。そして、果物や糖菓《キャンディー》の紙袋を抱えて来て、皆に食べさせる。出来るだけ食堂に出ず入費を除いて充分に旅行を楽しもうというのである。
 たださえ退屈しているところだから、窓を透して、転って行くお婆さんの後つきを見るのは、なかなか罪のないみものであった。
 コンダクタアが、ちゃ
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