も一緒かと、拇指と横眼で、私の方を指したのだそうだ。
彼は、急に気味が悪くなった。そこへ「お体を大切になさい。御婦人づれじゃあ注意がいります」とか何とか云われ、揚句に、また、ぶらりと出て来た風体の悪い男と、頻りに此方を見い見い囁き合っているので、彼はがまんがならず、私を急《せ》き立てて内へ入ったというのである。
自分は、はっきりと、遮断された闇の中に、先刻ちらりと見た鳥打ち帽の浮浪人らしい男の姿を思い浮べた。どこかの隅から狙われていそうで、何となく心持が悪い。けれども、まさか、ほんとに何をしようというのではないだろう。
「大丈夫よ。お金が貰えなかったから、一寸面白半分に脅かしたのよ」
「そうでしょう。けれども、心持が悪いからね。貴女がいなければ、そんなことは何とも思わないが。……」
よく見る活動写真の或る場面がふと自分の眼に浮んで来た。それと同時に、切迫した不気味さは、忽ち当面から去ってしまった。
「ちょうど、夜中にテキサスに入るから、油断なさると大変よ。私が攫《さら》われでもすると、△△△氏追撃の光景でござい、をお遣りにならなければならないわ」
「馬鹿な!」
私共は、怖いにしては、かなり陽気な苦笑いをした。
けれども、停車場を離れ切るまで、さすがにまたとデックに立つ心持はしなかった。
六
十一月二十一日。
昨夜の脅し文句は、もちろん現実に何の形をも顕わさなかった。周囲が明るくなってから考えて見れば、その男は何心なく云った挨拶を、却って良人の方が、旅人らしい神経過敏で受取ったのではあるまいか、とさえ思われる。
今日一日は、広茫として限りもないテキサスの野を横切って暮れるのだろう。
朝、八時半頃、寝室《バース》を出て化粧室に行くと、昨夜、自分等と同じ場所から乗込んで来た婦人が、椅子に腰をかけ、しきりに何か云っては両手で頭を搾めあげているのを見出した。
傍には、連れらしくも見えないもう一人の婦人が、屈みかかって肩に手をかけ優しく労《いた》わってやっている。――
朝日がちらちらする鏡の前に立ち、顔を洗い髪を解し始めたが、一つ部屋の中に何事か起っていそうなので、何となく気が落付かない。
自分は到頭髪に手をやったまま傍によって行って、
「どうかなさいましたか?」と訊いて見た。
着物をつけず、派手なドレッシング・ガウンだけを羽織って
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