ナぬいでしまった紺フェルトの帽子をハンド・バッグにもちそえた学生っぽい姿で、その一つの入口をのぼって行った。
 とりつぎらしい人の姿も見あたらなくて、がらんとしたホールに立話をしている人があった。会合のある室をその人にきいて、伸子と素子とは左手の奥に大きい両開きのドアがあけはなされている方へ行った。
 その室の敷居ぎわまで行って、伸子の断髪がさっぱりとうつっている顔に困った表情があらわれた。古風なシャンデリアの強い光にてらしつけられているその室は、どの窓もすっかりカーテンをおろして夜の重々しさだった。タバコの煙がうすくこめている。細長い大テーブルのぐるりには、一見して伸子のような若い女は子供に近いものとしてしか見なさそうな年輩の風采の医学者連が多勢よりあつまっているのだった。今夜話をさせられるのは女の自分だということから、伸子は、何となし夫人同伴の組もあるように想像して来た。しかし、目の前の光景は女気ぬきでタバコと乾いた毛織物の香のみちた雰囲気だった。その室の開いたドアのところに素子と伸子とを見ずにいられない位置にいる年配の人々は、おおかた彼らの日本医学者としての権威が非常にたかくて、年かさの女学生に過ぎない風な簡素な日本の女[#「日本の女」に傍点]に、直接の注意を向けることは不見識と思われるのだろう。伸子たちとほとんど真向いのところでテーブルに頬づえをついて喋っている人。そのわきで、片腕を不精らしくテーブルの上でのばして遠くの灰皿で吸いきったタバコを消している人。彼らの視線はちらりと伸子たちの上を掃いたきりだった。
 話しをするために何処《どこ》かへ招かれたということは、伸子にとってその夜の日本人クラブの会合が初めての経験だった。ほんとに自分の話をききたいと思っている人なんかなかったのだ。堪えがたい気持で伸子はその場の空気を身にうけた。もしかしたら、木曜会の幹事である津山進治郎ひとりの思いつきだったのかもしれない。来なければよかった。そのまま帰ってしまいたい気になって、伸子が、たすけをもとめるように素子と目を見合わせたときだった。伸子たちにまうしろを見せてテーブルに向っていた一人の男が、ふいと人の気配を感じたように首をねじって振向いた。津山進治郎だった。
「やあ――」
 彼は、いくらかあわてたように椅子をずらして立ち上った。
「さあ、どうぞ。どうぞこちらへ。失礼しました。御案内しませんでしたか――例会の前にちょっと報告していたもんですから、失敬しました」
 伸子と素子とは、大きなテーブルの一方の端に並んだ席を与えられた。落付くと素子は例によってタバコをだした。そして、口をきかないまま隣席の人に向ってちょいと頭を下げて火をもらい、男連がどう思おうとかかわりない風でそれをうまそうにくゆらしながら、古風なベルリンごのみでいかつく装飾されている室内とそこに集っている人々をひっくるめた視野においている。人々の間にかけてみると、一座の親しみにくい雰囲気は、一層具体的な感じで伸子をしめつけた。みんな学問をしているはずの人々だのに、その室内の空気はどこまでもかたくて、妙に粗くて、浸透性をかいている。伸子はテーブルにおいていたハンド・バッグを膝の上におろして、小さいハンカチーフをとり出した。彼女はそのハンカチーフで、そっと力を入れててのひらを片方ずつこすった。
 やがて津山進治郎が、雑談の中止を求める意味で手を鳴らしながら立ち上った。そして、格式ばって講演者としての伸子を紹介した。津山進治郎にとって伸子はベルリンで初対面した母方のまたいとこ[#「またいとこ」に傍点]であったが、津山進治郎はそういう個人的な点にはふれないで、小説をかく佐々伸子、日本の民間婦人としてはじめてソヴェト生活を経験して来たものとして紹介した。
「このたび各国視察旅行の途中、ベルリンに来られたのを機会に、今晩は一席ソヴェト同盟の医療問題について、話を願った次第です。御清聴をわずらわします」
 それをきいて、伸子は思わず心の中でつぶやいた。

「そんな医療問題なんて――、わたしこまっちゃう」
 津山進治郎が木曜会の例会に伸子をよんだとき、彼はそんないかめしい専門の区分はつけて話をするようにとは云わなかった。おおまかにソヴェトの生活について、ということだった。伸子はそれならば、とあながち自分にできないこととも思わなかったのだった。
 何だか心やすさのない室内の空気だったわけも、伸子にのみこめた。小説をかく佐々伸子が、ソヴェトを見て来たというだけでベルリンの専門家に医療問題を話すときかされれば、軽い反撥もおこるだろう。話のきっかけがむしろそこにつかめた気持で、伸子は案外自然に口をひらくことができた。何よりも、自分には、医学上の専門のことは何もわかっていないこと。従って、伸子としては実際に見聞したソヴェト――主としてモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の日常生活の有様を、ありのままに話して参考になればと思っているという点を明瞭にした。伸子はソヴェトの工場やそこで見た医療設備のこと、労働組合と健康保護の関係、母子健康相談所やレーニングラードの母性保護研究所の仕事、労働者、特に婦人労働者の保健のために職場で行われている一分体操や休養室の細かい注意、海岸や温泉地につくられている休みの家の様子などについて話した。座談的な伸子の話は、おさないような云いまわしながら、どの一つをとっても、それはみんな彼女が心を動かされて自分の眼で見て来ているものであり、ソヴェト生活の現実から生々しくきりとられて来た、誰にもわかる報告なのであった。
 話がすすみ、まざまざとした印象がよみがえって描写されてゆくにつれて、伸子は心の自由をとりもどした。話している伸子にも聴きての感興が集中されてゆくのが感じとられる刹那もあった。
 最後に、伸子は自分が肝臓炎でついこの四月まで、三ヵ月も入院していたモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学附属病院の生活を話した。いかにもソヴェトの病院らしい事実は、ナターシャのことだった。熟したはたん杏のような頬っぺたをして、ずんぐりした身持ちの看護婦ナターシャと伸子とが、どんなに滑稽に車輪付椅子のまわりで抱きあいながらもごもごしたか。患者である伸子が、それについてどんな癇癪を起したか。やがて、身持ちのナターシャが、健康で美しく働いているのを見たり彼女と話したりすることが、伸子の病床生活の一つの歓びとなったいきさつについて、ナターシャはコムソモールカであり、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学医科の労働者科《ラブ・ファク》二年生であることをも添えて伸子は新鮮に話した。
「みなさまは、あちこちで立派な病院をどっさり御存知でございましょうし、御自分でそういう病院をおもちかもしれません。よく訓練された看護婦というものも珍しくおありになるまいと思います。けれど、このナターシャの看護婦としての生活ね、わたくしは女ですから、やっぱり深く感銘いたしました。ドイツの人は音楽好きと云われますけれど、このナターシャたちのように、国立音楽学校のバリトーンの学生の若い細君が大学附属病院の看護婦だというような組合わせは、あんまりないでしょうと思います」
 四十分あまり、変化をもって話しつづけて来た伸子は、そこで絶句した。ナターシャのことまで話して来るうちに、伸子の心にいろいろの思いが湧いた。めいめいが偉くなることを目的としているような従来の医学の道について、その本質をくつがえす一言を呈したい気持になって来た。
 頭上から強い光をうけているせいで断髪の頭や、ゆるやかな頸から肩への輪廓が緊《しま》ってなお小柄に見える伸子は、影を絨毯の上におとしながら、首をかしげてちょっとの間黙って考えていた。適切な表現が見つからなかった伸子は実感のままを率直に、
「わたくしが最もつよく感じたのは、ソヴェトで医学は、ほんとにすべての人の生活をまもるために役立てられようとしているということです。もちろんまだいろいろ不備な点はあって、たとえば、歯医者が下手で痛いという漫画が出たりもして居りますけれど、それにしろ、医学は、どんどん生活のなかへ普及して居ります。すべての国で医学が、そういう本来の働きを発揮できるように、お医者さまというものが、ほんとに苦しんでいる人間の燈台となれるように、そういう社会がつくられてゆくことが、医学の側からも求められていいのだと思います」
 そう結んで、また一二秒だまった。が、ぽつんと、
「わたくしの話はこれでおしまい」
 一つお辞儀をして伸子は席に復した。
 三四十人ほどの聴きての間から、儀礼的でない拍手が与えられた。あきらかに、伸子の話は、自然さといきいきした事実とによって、ききてに人間らしい感銘を与えたのだった。
「や、御苦労さまでした」
 色の黒い太い頸に、うすくよごれの見えるソフト・カラーをしめた津山進治郎が立って挨拶した。
「具体的で、得るところがあったと思いますが、例によって、どうぞ諸君から自由に質問を出して下さい」
 伸子があんまり素人だから、専門家であるききてとしては、かえってききたいことがないのだろう。ややしばらくはタバコの煙があっちこちからあがるばかりであった。その沈黙をやぶって、伸子の右側にいた六十がらみの人が、チョッキの前でプラチナの時計の鎖をいじりながら、
「どういうもんかね、これで。――いまの話で、社会的な面はどうやらわかったようなもんだが」
と、そこへ伸子にわからないドイツ語をさしはさんで、
「そっちの方面は低いんじゃないのかね」
 臨床の大家といわれる医者によくあるように少し鼻にかかった声でゆっくり、じかに伸子に向うというのでもなく云った。この額の四角い半白の人は、伸子が話しはじめたときから終るまで、腕組みをして椅子の背にもたせた顔を仰向けたなり目をつぶっていた。
「どうですか、佐々さん」
 幹事の津山が、伸子には横柄に感じられたそのひとの間接の質問をとりついだ。
「あっちの、医学そのものとしてのレベルは、どうです? 現在はやっぱり相当のものだと思いますか」
「――?」
 伸子はのみかけていた番茶の茶碗をテーブルの上において、顔の上に意外そうな表情をむき出しながら津山から一座の人々へと目をうつした。
「わたしにそんなことをおききになるなんて――ソヴェトの研究や発見の報告はいつも世界の学界へ報告されているんじゃないでしょうか――ドイツの医学雑誌では、ソヴェトのものはのせないことになっているのかしら――」
 伸子は、この言葉の皮肉な効果を全く知らずに云ったのだった。
 音楽の都のウィーンでは、ソヴェト音楽をしめ出していた。ドイツでの学会というようなところでは、似たようなことがあり得ないことでもないと思ったのだった。ところが、伸子の単純な問いかえしに答えて発言する人は誰もなかった。みんな黙っている。その黙りかたが何だか妙だった。話しがすんで、いくらかゆとりのできた伸子は、いぶかしがる視線で、部屋の奥にかたまっている人たちの方まで見た。そっちの壁には、ドイツの趣味で紫がかった水色タイルで飾られたカミン(煖炉の一種)が四角くつきでていた。その左右のくぼみへ椅子をひきつけて、若い人々が云い合わせたようにその隅にかたまっていた。その一番隅っこのところで、三十三四の一人のひとが、カミンへ肩と頭とを軽くよせかけた楽な姿勢で腕組みして居た。その人は組合わせた脚をゆるくふりながら、唇をしめたまま微笑していた。伸子の視線がその微笑にとめられた。それは智慧のあらわれた微笑であり同時に批評をたたえている微笑だった。その表情が暗示するものがあった。伸子は視線をもどして、勿体ぶって間接に質問した人や自分がそこでかこまれているテーブルのぐるりの人々を見直した。どっかりと自分たちをテーブルのぐるりに落つけている人々はみんな概して年配であった。カミンのところにかたまっている後輩たちが、当然彼らのためにその場所をあけておくものときめてそこへかけているような人々だった。ベルリン
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