チているライオンが置かれている。
 せまいその通りをぬけて、六人の日本人をのせたオープンの自動車が家もなければ、人通りもない道の上を快速ですすんでゆくにつれ、ヴェルダンという、かつて一万三千余の人口をもって繁栄していた都市が、今は全くの廃墟であることがわかった。ヴェルダン市役所の跡は、よく整理されている廃墟にいくらかの土台石と数本の太い迫持《せりもち》の柱列が、青空をすかして遺っているばかりだった。第一回の砲撃をうけた月日。そののちそこが野戦病院として使われていたとき蒙った最後の砲撃とそこで二百人の負傷者が殺された日と月。白いところに黒くよみやすい英語とフランス語で書かれた説明板が、空の下に残っている柱列の間に立てられているのだった。学校のあったところ。病院のあったところ。六人の日本人は、ポンペイの廃墟の間を行くように、すべてそれらの建物のあったところ[#「あったところ」に傍点]を辿って歩いた。天井をとばされくずされた壁の一部をのこしているところに、ぽっかりあいている窓からは、晴れた空の青さが一段と濃く目にしみる。案内する自動車の運転手のたっぷりした声が、人気ない空気の遠くまで響いた。そのあたりは砂地のような地質になっていて、その上に黒い影をうつしてゆく少人数の靴音も、高い虚空までつたわる感じだった。四十がらみの世帯もちらしい運転手は、廃墟らしい無人境を、何か弁明でもするように、
「週日はこんなに静かですが、土曜、日曜はいつもかなりの人出です。休戦記念日にはホテルも満員です」
 誰かが、
「ここを、ぞろぞろ人通りがあったんじゃ興ざめだ」
と云った。
 市の中心部であったところをぬけて、一望に遠くの丘陵を見晴らす場所へ出た。そこはヴェルダンで戦没した兵士の墓地だった。七千の墓は、白い十字架の列をそろえて、彼らが生きていたとき、鉄兜の庇を並べ、になえ銃をして整列していたままの規律で、果てしなく林立しているのだった。白い沈黙の林の彼方には陽にぬくもった山並がかすみ、墓地の境界に幾本かの糸杉がみどりを繁らし、すこし離れた右手に思いがけなく人の住んでいるらしい一軒の小家があって、その横手に白い洗濯ものが微風にふくらんでいる。あたりには、日がうつる音のきこえそうな明るい暖い寂寞がある。あたりがひろびろといい景色で、明るくて、遠くで洗濯ものが生活の光をまきながらふくらんでいることは、伸子の胸に、七千の人々の墓へのいとしさをかきたてた。伸子は、近くの十字架の一つをかがんで見た。白い十字架が、兵士の不動の姿勢をとって並べられているように、その墓標の上で第一に目につくように記されているのは、彼らの生きていたときの兵士番号であった。626・アレクサンドル・550R――|フランスのために死せり《モルト・プール・ラ・フランス》。

 自動車は速力を増して、丘陵に向う一本の広い道をのぼって行った。ヴェルダン市の廃墟からは東北にあたって、ルクセンブルグの国境とアルザス地方につづく丘陵地帯に大小三十数箇所かの要塞がつくられていて、第一次大戦時代、フランスの一等要塞をなしていたのだった。
 ここが戦場であったときから十数年の星霜を経ている。それだのに、伸子たちの乗っている大型セダンがエンジンのうなりをどこか遠い空のかなたにふるわせながら疾走してゆく道路の左右は、うちつづく砲弾穴に薄《すすき》のような草が高く生えている傷だらけの地面だった。あたりに一本の立木ものこっていない。荒涼とした道がつづいて、いつとはなしみんなのこころに感傷がしのびこんだころ、行手に、黒と白の大理石で建てられた壮大な建物があらわれた。ギリシアの神殿になぞらえた納骨堂であった。柱列の間に高くはめこまれている白大理石の板に、おびただしい名前が金で象嵌《ぞうがん》されている。その一つ一つの姓名の前に、軍隊での階級がついていて、殿堂の内壁に名を記されているのは、みんな将校の身分だった。その身分の中にも階級の区別が守られている。少尉、中尉、大尉。その階級の人々は一方の壁に。少佐から大佐は他の壁の大理石板の上に。そして、少将、中将の階級の軍人の名は、その殿堂の一番天井に近い位置に、特別誰の目にもよみやすい大文字で金象嵌されているのだったが、その大文字階級の軍人の名の数は、その殿堂の大理石板の面をうずめている戦死将校の数の千分の一にも満たないかと思われた。
「このヴェルダンでは四十万人のフランス人が死にました。ドイツ軍は六十万の損害でした」
 だが、大文字の金象嵌は、殿堂の頂き近く文字のとおり暁の星のまばらさできらめいているのだった。
 殿堂の正面からは、ヴェルダン市の廃墟をふくむ豊沃なシャムパーニュの地平線が平和に展望される。納骨堂はさながらその豊沃なフランスの平野に君臨しているようだった。同時に二万の兵士をヴェルダンの風雪の中にさらしたまま、永久の閲兵式を行っているようでもある。殿堂に正面を向けて二万の白い十字架が整列しているのだった。彼らが何を考えて生き、そして何を苦しんで死んだかということについては語らず、彼らの番号と名だけを十字架の上にしるされて。
 伸子の眼の中に悲しみとはちがう涙がにじんだ。一行の人々は、天井へ仰向いて有名な将軍の名をよんでいる。一人はなれて佇んでいる伸子の唇からうめくようにロシア語がもれた。|何のために《ドリヤ・チェヴォー》※[#疑問符感嘆符、1−8−77] じっさい、何のために? これらの人々は死に、死んでまでものこる階級による殿堂がつくられ、風光明媚なジェネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で、贅沢な道具だてにかこまれながら快適に軍縮会議が演じられている。
「|フランスのために死せり《モルト・プール・ラ・フランス》」しかし、それはフランスの誰のため[#「フランスの誰のため」に傍点]だというのだろう? フランスの政治がひとにぎりの人々パリ・オランダ銀行の重役たちに支配されていることは周知の事実である。そのパリ・オランダ銀行はドイツの軍需会社クルップ――そこでこそ一九一八年にパリを砲撃した長距離砲ベルタが製造されたクルップと、毒ガスのイーゲー染料工業と結んでいる。国際連盟《リーグ・オブ・ネーションズ》の提唱者はウイルソン大統領であった。けれども、そうしてできた連盟にアメリカは参加しないでいる。一方で国際連盟は、ソヴェト同盟の参加を拒みつづけている。あらゆる機会をうかがって、反ソヴェト十字軍が準備されている。――ふたたび戦争をしまいとする意志。番号順に整列させられているこの二万の白い十字架こそは、マクベスの城のぐるりにあった森のように動いて、シルクハットをかぶって平和を語っている人々をとり囲み、その真実を問いつめる権利をもっているのだ。

 スーヴィユの要塞。それからヴォー要塞。伸子たち一行の自動車が、ヴェルダンで最も苛烈な戦闘の行われたというドゥモン要塞への道にかわったとき、よく晴れていたその一日も終りに近く、傾いた西日に山容が黒く近く迫って見えた。朝夕のうす霜で末枯《すが》れはじめたいらくさ[#「いらくさ」に傍点]の小道をのぼって行くと、思いがけず茶色の石でつくられた祭壇風の建造物のよこへ出た。二メートルほどの高さで斜面から数本の柱が立っている。そのかげはもうたそがれて薄暗い。そこでは三四十本の銃剣が、いらくさ[#「いらくさ」に傍点]の間から地上に突き出ているのだった。
 銃剣は赤くさびている。この斜面に密集して進もうとしていたフランスの歩兵が、隊列のまま土の下に埋められた。
 どこか人工の加えられた記念物という感じがしなくもないその「歩兵の塹壕《ざんごう》」から一ヤードほどのぼった前方の草むらの間に、伸子は何かキラリと光って落ちているものを発見した。近よって、かがんで、いらくさの蔭に小さく光っている金色の輪のようなものの正体を見さだめたとき、震えが伸子の背筋を走った。それは、一つの銃口であった。地面にのぞいているその小さい一つ口は、そこに在った命を訴え、彼が生きていたことを訴え、だが今は死んで久しくなったことについて訴えている。伸子は、おもわずその金色の口を撫でた。金色の口は小さく、円く、あわれにかたかった。
 伸子は、しばらくそこにかがんでいた。この金の口が光っているわけがわかった。ここへ来て、いらくさ[#「いらくさ」に傍点]の間におちているこの一つの輪を見つけたとき、おそらく、どこの国の女でも、彼女が平民の女であるならば、思わずかがんでそれを撫でずにはいられないであろう。
 ドゥモンの砲台のわきから細い裏道づたいに下ってゆくと、すすきに似た草の穂がゆらいでいる砲弾穴に、さびた鉄兜や空罐《あきかん》がころがっている。朝の霜にゆるんだまま程なくふたたび夕闇に沈みこもうとしている丘かげの、足許のあやうい赫土《あかつち》の小道の上に伸子は一つの女靴の踵の跡が、くっきりと印されているのを見た。

        十三

 伸子の瞳のなかに、ドゥモンのいらくさ[#「いらくさ」に傍点]の間の金の小さい輪が光っている。彼女の額の上には、女靴の踵のあとが銀杏《いちょう》の葉のようについている。伸子は自分の瞳であっていつもの自分の眼ではないような視線で、運転手とその三人の仲間が近くのテーブルのまわりでカード遊びをしている光景を眺めていた。
 六人の日本人が要塞見物を終って、ヴェルダン駅前の出発点へ戻って来たのは、日がとっぷり暮れてからだった。ホテルは、昼間つかっていた正面入口わきの正食堂をしめて、横通りから入るカフェー・レストランだけあいていた。そこの一隅で六人がちょっとした夜の食事をすませた。案内役をかねた運転手も、その店の一方の隅のテーブルで食事をし、いまはタバコをくわえて男たちばかりの仲間でカード遊びをしている。
 同行の男のひとたちをタバコの煙のなかにおいて、伸子はすこしはなれた長椅子のところで脚をのばしているのだった。タイルで床をはられた店内に、あまり十分でない明りにてらされている十三四人の人間がその夜ヴェルダンで生きている人間のすべてであるようだった。
 マース河の河岸よりにひとかたまり旧ヴェルダン市の破片がのこっていて、そこに土産物を売る店があった。ごたごたしたその小店とその内に動いていた人々の姿を思い浮べることができるが、その河岸の店の灯の色と伸子がいるカフェー・レストランの内部との間には、深い沈黙の夜がひろがっている。
 生きているもののない夜の沈黙の深さは、何と独特な感じだろう。六人の日本人はみんな口かずの少い一日をすごした。一日の周覧を終って、いくらか葡萄酒のほてりが顔色にあらわれていても、男のひとたちのテーブルから笑声は立たなかった。どこでも同じことだなあ。一将功なって万骨枯る、というのはまったくだ。ドゥモンの要塞から下って来るとき、一行のうちの誰かが感じふかそうにつぶやいた。その感慨は、六人の、みんなの心に流れているのだったが、伸子には、疲労ともつかない肉体と心の苦痛の感覚があった。その感覚は、とらえどころなく伸子の内心にひろがっている激しい抗議の感情に通じた。そしてしずかにカード遊びをしている四人の男を見まもっている彼女の瞳のなかに、黒い、きつい焔をもえたたせているのだった。
 午後じゅう、ひき裂かれた戦跡をめぐって来た伸子の体と心を、いま貫いて焦《い》らだたせているのは率直な、譲歩のない生への主張だった。巨大な死への抗議だった。ヴェルダンというところは「フランスのために」という言葉で現実を欺瞞する人々の作品だと、伸子には思えて来るのだった。悲壮に、英雄的な行動の記念としてしつらえられているすさまじい破壊の跡は、戦争の罪ふかさとそれが誰のためにたたかわれたものであるかということを考えるより先に、破壊力の偉大さで人々をおどろかせる。おどろいて心をうごかされた善良な人々は涙もろくなり、戦争そのものと、それをおこす者どもがあることをいきどおり拒むよりも、そこで命をおとした人々をいとおしみ、神よ、彼らに平安を与えたまえ、と祈ってヴェルダン発の
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