――……」
「行かれたらいいですよ、なかなかいろいろの作家が来て興味がありますよ」
「ええ……ありがとう」
 伸子は秋山宇一らしく、おととい[#「おととい」に傍点]のことづてをするのを苦笑のこころもちできいた。
 ニキーチナ夫人は博言学者で、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の専門学校の教授だった。ケレンスキー内閣のとき文部大臣をしたニキーチンの夫人で、土曜会という文学者のグループをこしらえていた。瀬川雅夫が日本へ立つ三日前、瀬川・伸子という顔ぶれで、日本文学の夕べが催された。日本へ来たことのあるポリニャークが司会して、伸子は、短く、明治からの日本の婦人作家の歴史を話した。その晩、伸子は、絶えず自分のうしろつきが気にかかるような洋服をやめて、裾に刺繍のある日本服をきて出席した。
 講演が終ると、何人かのひとが伸子に握手した。ニキーチナ夫人もそのなかの一人だった。伸子は夫人の立派なロシア風の顔だちと、学殖をもった年配の女のどっしりとした豊富さを快く感じた。ニキーチナ夫人は、鼻のさきが一寸上向きになっている容貌にふさわしいどこか飄逸《ひょういつ》なところのある親愛な目つきで、場所
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