]った。
「自分一人、そこから、ぬけてしまうならともかくですが、あの中にいて何とか変えようったって、それはできるこっちゃありません」
「かりに、あなたがそこをぬけるとしたら、どういうことになるんです」
素子が何気なくたたみかけてゆく問いのなかに、伸子は、自分だけしか知らない素子の吉之助への感情の脈うちを感じるように思った。かたわらで問答をきいていて伸子の動悸が速まった。
「そこなんですね、問題は」
テーブルにぐっと肱をかけ、吉之助はまじめなむしろ沈痛な声で言った。
「まず周囲が承知しませんね」
「周囲って――細君ですか」
「細君も不承知にきまってるでしょうが、親戚がね。歌舞伎の世界では、親戚関係っていうのが実に大したものなんです――義理もあるし」
吉之助は、歌舞伎俳優だった父親に少年時代に死なれ、その伝統的な家柄のために大先輩である親戚から永年庇護される立場におかれて来ているのだった。
「もう一つ自分として問題があるわけなんです。僕には舞台はすてられない。これだけはどうあっても動かせません。俳優としての技術の蓄積ということもあります。ただ、やめちまうというなら簡単でしょうがね。自
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