驕B動坂の家を出て別に暮すようになってから、多計代からの電話というと、伸子にはきかない先から用がわかる習慣になってしまった。ああ、もしもし伸ちゃんかえ。ぜひ話したいことがあるから、すぐ来ておくれ。多計代のいうことはきまっていた。
はじめの頃、伸子は呼び出されるとりつぎ電話の口で、ほんとに何か火急な用が出来たのかと思って、当惑したりびっくりしたりした。家の戸締りをして、留守に帰って来る佃のために書きおきして、住んでいた路地の間の家から急いで歩いて動坂の家へ行った。多計代の坐っている食堂に入りかけながら、伸子が息のはずむ声で、
「何かおこったの」
というと、多計代は一向いそがない顔つきで、
「まあお坐り」
と云うのだった。そして、やがて切り出される話は、伸子が佃と暮していた間は、佃や伸子についての多計代の不満だったり、臆測だったりした。素子と生活しはじめてからは、一体、吉見というひとは、という冒頭ではじまる同じような多計代の感情だった。三度にいちどは、気の重い話のでないこともあって、そういうとき多計代はほんとにただ娘と喋りたい気になって、よび出す口実に用があると云っただけらしかった。
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