フとはされて居りませんからね。――その給仕頭は適切な方法で自分を表現したというわけです」
灰色の背広を着て、薄色の髪とあご髯とをもった歴史教授のリジンスキーが、すこしさきの赤らんだほそい鼻が特色である顔に内省的な、いくらか皮肉な微笑を浮べた。
「それは一九〇五年のエピソードであると同時に、その給仕頭の一生にとって恐らくたった一遍のエピソードじゃありますまいかね。――そこにディケンズの国の平穏な悲劇があるんだが……」
老嬢のエレーナが、心のなかにかくされているいらだたしい何かの思い出でも刺戟されたように、
「大体エピソードというものをわたしたちはどのくらい信用したらいいんでしょう」
テーブルの上においている右手の細い中指でテーブル・クローズの上を軽く叩きながら云った。
「エピソードに誇張が加えられなかったことがあるでしょうか――ほとんど嘘に近いほど……」
「お言葉ですが――御免下さい」
袋を二つかさねたようなだぶだぶの顎をふるわして、パーヴェル・パヴロヴィッチが舌もつれのした云いかたでエレーナに答えた。
「わたくしは、全く誇張されない一つのエピソードをお話しすることができます」
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