E、自分の限界は、伸子にとってそれが分らなかった以前に戻すことは不可能だった。無条件に父を肯定しつづけ、父を肯定する自分を肯定して来た伸子にとって、こういう思いは、一段落がついたとき、痩せた自分に心づくような心の中の経験であった。
三月十五日の事件に関連して、社会科学の研究会を指導していた京大や九大の教授の或る人々を、文部省ではやめさせるように命令し、大学総長たちはそれをすぐ承知しないという新聞の記事があった。しかし、結局辞職勧告をうけて京大の山上毅教授そのほかのひとが大学を去ることになった。山上毅教授の勅任官服をつけた写真とそのニュースとがのっている新聞に、伸子が校正を友達の河野ウメにたのんでモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ立って来た長い小説がやっと本になって発売される広告があった。
間もなく、河野ウメから、出来た本を送ってよこした。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の町に、本はどっさりあるけれども、紙質もまだわるく、装幀も粗末だった。そういう本ばかりみている伸子は、送られて来た自分の本の立派さにおどろいた。
「いい本ねえ」
アストージェンカの室の机の上
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