じって伸子たちも防寒靴をあずけた。それから別のところにある外套あずかり所へ行って、帽子や外套をあずけた。伸子の前後左右には派手な花模様や、こまかい更紗《さらさ》、さもなければごくありふれた茶や鼠の毛織ショールなどをかぶって来た女たちが、それぞれに、そのショールをぬいでいた。ショールがぬがれると、その中からあらゆる種類のロシアの女の顔があらわれた。深い皺や、活々した皮膚や、世帯やつれのひそんだ中年の主婦の眼つきをもって。つづいて、曖昧な色あいのぼってりした綿入防寒外套がいかにもむくという感じで脱がれた。その中から女の体があらわれた時、急にしなやかであったかい一人の女がそこにむき出された新鮮な刺戟があった。
 瀬川の切符は、舞台に向って右側の中ほどにある棧敷《さじき》席だった。
「えらく晴れがましい場所なんですね」
 ひる間と同じ、きなこ色のスーツを着て来ている素子が、伸子と並んで最前列の椅子にかけながらうしろの瀬川に云った。
「|ВОКС《ヴオクス》でくれる切符は、どこの劇場のでも、大抵、棧敷席のようですよ」
「そりゃ、あなたがたは国賓だもの」
「ちょっと!」
 それを遮って肩にビーズの
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