ナ話している調子も声高でなく、よそではよく見かけるように食事をそっちのけで何かに熱中して喋り合っているような男たちの光景は、ここで見られなかった。常連の中には、髪を肩までたらしたトルストイアンらしい風采の男もある。伸子がみていると、菜食食堂へ来る人は、みんな体のどこにか故障があって、内心に屈託のある人のようだった。さもなければ、自分の食慾に対して何かその人としてのおきてをもち、同時にソヴェト政権の驀進《ばくしん》力に対しても何かその人だけの曰くを抱いていそうな人たちだった。こういう会食者たちに占められている菜食食堂の雰囲気は、体温が低く、じっとりと人参やホーレン草の匂いに絡み合っているのだった。伸子は落付きのわるい顔をして、ちょいちょい食堂の壁の高いところについている円い時計の方を見あげた。
素子は二十分もおくれた。
「ああおそくなっちゃった。何か註文しておいた?」
「あなたが来てからと思って……」
「じゃ、すぐたのもうよ」
二人は薄桃色の紙によみにくい紫インクでかかれた献立表を見て食べるものを選んだ。
「どうした? 来たかい?」
泥棒詮議のことを素子が訊いた。
「わたしが出かけ
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