フものを厭うことから、写真ぎらいになって来た。それは見合い写真をとらされることから、気もちのはっきりした娘たちが屈辱に感じて、いやがるのとはちがった。ゴーリキイが人生にさらされたのと、反対の角度から、伸子は、早く世間にさらし出された。それは、伸子が少女の年で小説をかき出したということが、原因であった。伸子は、新聞や雑誌から来る写真班に、うつしてほしくないときでも写真をとられた。それらの写真は、いつも好奇心と娘について示される多計代の関心に対する皮肉と伸子の将来の発展に対する不信用の暗示をふくんだ文章とともに人目にさらされた。伸子には、それが辛かった。そういう人工的なめぐり合わせをいやがって、普通の女としての生活に身を投げるように佃と結婚したのだったが、そこにもまた写真はつきまとった。伸子が思いがけなく唐突な結婚をしたと云って。身もちになってしまったからそのあと始末に仕方なく佃というアメリカごろつきと夫婦にもなったのだそうだ、という噂などを添えて。
それらすべては伸子にとって苦しく、伸子の意識を不自然にした。伸子が、母の多計代に対してはたで想像されないほど激越した反撥をもちつづける原因
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